「お姉ちゃんが中学に上がるくらいまでは、私たち『瓜二つの姉妹だね』なんてよく言われてたんだ。二次性徴ってやつで、お姉ちゃんがどんどん冗談みたいに綺麗になっていって、そんなこと言われなくなっちゃったけどね」
私の言葉は、空に吸い込まれる。
ヒメムラサキはその空を眺めながら言う。
『……奇跡から、話だけは聞いたことあったよ。山之上神社』
「ああ。そうそう、山之上神社! ……って、私たちがそう呼んでるだけなんだけどね」
奇跡と私だけが、この神社を山之上神社と呼んでいた。
遠い日の思い出。
今の今まで、そんなことも忘れていた。
奇跡は、ヒメムラサキに随分と色々なことを話しているらしい。
『奇跡も、この神社のことを話してるときはそうやって楽しそうな、悲しそうな顔をしてた。ねえ、その表情をしているときは、どういう気持ちなの?』
「どういう、気持ち?」
はて。
改めて問われると困ってしまう。自分の気持ちに正確な名前をつけるなんていう作業は、普通はしない。
『ヒメは、ただのシステムで、ニセモノの付喪神だから、気持ちとかそういうの分からないの』
「そ、そっか」
普段とうって変わって平坦で冷静な声で言われて、思わずどぎまぎしてしまう。
そんな語り口が、どこかお姉ちゃんに似ていたから。
「人間だって、自分の心とか気持ちとかをちゃんとわかっている人は少ないんじゃない?」
『生まれてからずっと持っているものなのに?』
「うん。きっと、たぶんそう」
私は考える。
神崎奇跡なら、こんな問いかけにどうやって返答するだろうか。
神様、と呼ばれる、あの不思議な姉ならば。
――心っていうのが、頭にあるのか心臓らへんにあるのかだって、私たちは分かっていないで生きてるんだよ。
そんなことを、彼女だったら言うかもしれない。
「ほら。心って脳にあるのか心臓にあるのかだって、人間には分からないんだもん」
『ふうん』
奇跡をまねた口調に、ヒメムラサキは首をかしげる。
『なんだか、奇跡みたいなこと言うんだね。はるちゃん』
「ま、妹だからね」
ふふ、と笑い声が漏れた。
夕焼けに向かって色づいていく空を、ヒメムラサキと並んで眺めた。
『はるちゃんは、奇跡のことが好きだった?』
黒髪を風に遊ばせているヒメムラサキが、ぽつりとこぼした。
「まさか」
私は答える。
「奇跡のこと、ずっと大嫌いだったよ」
それきり、沈黙。