「ひぃ、意外ときつい」

 最後に石階段を上ったのは、たぶん中学生の時だった。

 ざっと十年弱の月日が経っている。

 食材や日用品を満載したビニール袋を持って上がるには、ちょっと普段の鍛錬が足りていなかった。

 大学のジムとか利用した方がいいのかもしれないなと思った。

『ねえ、はるちゃん。ここはなに?』

 涼しい顔で首をかしげているヒメムラサキ。

 付喪神は疲れないのだろうか。

「ほら、これ」

『……わあ』

 ヒメムラサキは顔を上げると、息を飲んだ。
 眼下に広がるのは、どこまでも続く街並みだ。

 遠くに青く霞む名前も知らない山。ミニチュアみたいな家々。毎秒3センチ移動する点Pみたいな電車。

 奇跡と私が幼いころに見つけた秘密基地だ。

 奇跡が中学生になった日にも。

 私がリレーの選手に選ばれて張り切っていた運動会が雨天中止になった日にも。

 はじめての中間テストの終わった日にも。

 奇跡が綺麗な髪をはじめてショートカットにした日にも。

 いつも、この神社で街並みを見下ろした。

 高層ビルのない街だからこの神社に来れば全部が見渡せた。

 どこまでも広がる青空を、曇天を、夕焼けを、独り占めできた。

 参拝客の少ない小さな稲荷神社だから、知り合いに会うこともなかった。

 中学にあがるころには、奇跡はすっかりと神様じみた扱いをされるようになっていたから、ひとけのないこの神社をことさら気に入っていたのだと思う。

「綺麗でしょ。ここ、お姉ちゃんと私の秘密基地だったんだよね。こんないい眺めなのに、ほとんど人が来ないの」

『奇跡と、はるちゃんの、秘密基地』

「お姉ちゃんが家を出るまでは、よく来たんだ」

 奇跡は、遠くの大学に進学した。そのまま一流企業の総合職に就職してしまったから、実家に帰ることなく――死んでしまった。

 私はといえば、なんとなく奇跡のいなくなった実家にいたくなくて、無理やり格安のアパートを借りて実家と同じ町で一人暮らしをはじめた。

 金の無駄だ、と言う知り合いもいるけれど、私にとっては必要なことだったのだ。

 奇跡のいなくなった実家は、なんだか空虚で寂しかったし、自分が我が家において奇跡ほどには大きな存在ではないこと突きつけられるようで辛かった。

 建前でもいいから、

「奇跡もはるかも、同じくらい大切な娘だよ」

 と、両親に断言されたかった。

 神崎奇跡は、私の。

 私の大嫌いな、私の姉だ。