2章 キセキの遺品と自称恋人
次の日曜日はよく晴れた。
初夏のうららかな日差しが心地いい、ザ・休日といった趣の日だ。
前日の授業で発表課題があった私は、その準備のための睡眠不足を補うために朝寝坊をした。それはもう、めっちゃ寝た。
目を覚ますと、ヒメムラサキのぶうたれた顔が目の前にあった。
『はるか。ヒメとお買い物に行く約束はどうなったの?』
と。
形のいい目を細めて、ジトォっと睨みつけられた。
ああ、やばい。忘れていた。
『はるかー、急いで急いでっ!』
てててっ、と駆けていくヒメムラサキの背中を慌てて追いかける。
結局、朝ご飯を食べて着替えをして、ちょっとだけダラダラしてから出かけた。スーパーにつく頃には、もう十三時を回っていた。
思えばこうして、実体化して顕現しているヒメムラサキとふたりで出かけるのは初めてかもしれない。
ヒメムラサキは顕現モードでいると本体である携帯端末の電池消費が激しい。
そういうわけで、一応予備のバッテリーも持ってきた。
旧式の携帯なので、この予備バッテリーが在庫の最後のひとつということだった。
「待って。あんまり私から離れると……」
全部を言い切る前に、ふ、と。かき消えるようにヒメムラサキの姿が消える。
「ああっ、言わんこっちゃない」
慌ててポケットから携帯を取り出す。
T.S.U.K.U.M.O.のロゴが踊る画面の中では、二次元になったヒメムラサキがぷぅっと頬を膨らませていた。
ヒメムラサキが顕現モードを維持できるのは、携帯から半径10メートル程度がせいぜいだ。
『もぉ、はるかが遅いからだよっ』
画面の中のヒメムラサキがぷんぷんと怒っている。
それに合わせて、さらさらとした髪が揺れる。
「急がなくても、スーパーは逃げないよ」
『タイムセールは逃げるよ。ほらっ!』
ヒメムラサキの声と同時に、ポンっと画面にポップアップが出現する。
近所のスーパーの電子チラシだ。
本日の安売り情報のところにマークがされている。
あ、大根がやすい。
「ごめんって。お詫びに、アイス買うから」
『ヒメは食べられないよ。はるかが食べたいだけじゃないの~』
「あ、ばれた」
「もぉー!」
と携帯端末から響く声に、知らずクスクスと笑い声を漏らしてしまった。
思えば。
日曜日に笑ったのなんて、久しぶりなような気がした。
「よーし、スーパーまで走るか!」
ぽかぽか陽気、リュックサックを背負って走る女子大生。
完璧に平和で、完全にゴキゲンな風景だ。
携帯の画面の中のヒメムラサキがきゃあきゃあと歓声をあげる。
私たちの様子はきっと、数週間前に偉大な姉を喪った妹には見えないだろうなと思った。