『ムカつくのは、いいことだよ～。それって生きてる証拠だから。ニンゲン、一日一回はムカついてみるべきだね』

　真面目な顔でウンウンと頷くヒメムラサキである。

　ヒメムラサキをひきとって、三カ月。

　はじめの数日は、もとの主人である奇跡が死去してしまったことにショックを受けている風だったヒメムラサキ。

　だが、ある日を境にケロリとして天真爛漫に振舞うようになった。

　バーチャルアシスタントとして設計されている仮想神格システムの振る舞いとしては、正直バグっているとしか言えないような彼女の言動だ。

　明るさを取り戻したヒメムラサキのテンションに、いまだにどこか奇跡の死に浸っているふしのある自分を思い知らされる。

『じゃーん、今日のおかずは生姜焼き！』

　ニカッと笑う彼女には、感情がある――ように見える。

　むしろ感情豊かすぎるくらいだ。

　それでも、疑わずにはいられない。

　奇跡の死の前後は、電源が落とされていたため何の記憶もないというヒメムラサキだけれど、主人の死という現実からこんなに早くに立ち治れるはずがないのだ。普通だったら。

「……ねえ、ヒメムラサキ」

『ん、なあに？』

　生姜焼きともやしの味噌汁を前に、ぽつりとつぶやく。

「あなたは、いったいどういう気持ちで、私と暮らしているの？」

　聞いてどうなるものでもない。

　それでも、そう聞かずにはいられなかった。そしてあわよくば、神崎奇跡という女がどういう生活を、生き方をしていたのか。

　それだけでも、ちょっと聞き出せればいいと、そう思っていた。

『……ヒメ、わかんない』

「え？」

　だから、『わかんない』と投げやりな返答に、正直なところ戸惑った。

『気持ちってなに？　心って何？　ヒメはただのシステムだから。ホンモノの付喪神みたいに大事に長いこと使われたわけでもない、ただの、システムだからさ……ヒメがどういう気持ちなのか、本当に心があるかなんて、わかんないよ』

　ぷうと頬を膨らませながら放たれたその言葉に、反射的に、

「ごめん」

　という言葉が飛び出る。

　いただきます、と手を合わせてヒメムラサキの作った豚肉の生姜焼きにかぶりつく。

『どう、美味しい？』

　とほほ笑むヒメムラサキに、無言でうなずく。

　ヒメムラサキは、花のように笑った。