……たぶん。

 それは、もしかしたら姉妹の愛を少しだけ踏み越えていて、奇跡の恋心に応えてあげられるものだったかもしれない。

 だからこそヒメムラサキという神崎奇跡そっくりの少女の姿をしたT.S.U.K.U.M.O.に、ひどく心を揺さぶられたのだ。

 あの唇が。
 指先が。
 頬が。
 小さな乳房が。
 温かい掌が。

 あんなにも愛おしかった、気持ちよかった。

 でも、たぶんヒメムラサキが神崎奇跡に似ても似つかない容姿でも、きっと彼女を好きになっていただろうと思う。

 それでも、もうすべては過去のことだ。

 神崎奇跡が言葉にしなかった気持ちは、ついに死ぬまで私に伝わらなかった。

 だって私は、自分の気持ちだってちゃんと理解してあげれないのだ。

 他人の気持ちなんて、言葉にしてくれないとわからないに決まってる。

 神崎奇跡の恋も、私の愛も。

 どこにも行き場のないまま、ヒメムラサキが連れて行ってしまった。

 その痛みを、そのわかりあえなかった哀しみや愛しさを忘れるな……と、ひとり取り残された私に告げて消えてしまった。

「……冷蔵庫、本当に空っぽだ」

 調味料以外は見事に何も入っていない冷蔵庫を見て、乾いた笑いが漏れる。

 旅行にむけて、せっせと冷蔵庫の中の整理をしていたヒメムラサキを思い出す。

 マスタードをけちったソーセージ。
 チーズの多いハムチーズサンド。
 全部が遠い過去のことに思える。


 会いたい。


 ――会いたいよ、ヒメムラサキ。


 キッチンの片隅に座り込んで、膝を抱えてる。

 部屋に満ちる、耳をつんざく静寂――を、破る声がした。







『――顕現プログラムの起動を確認。仮想神格システムT.S.U.K.U.M.O.、個体名はヒメムラサキ』