「えっ?」
見れば、ヒメムラサキの体が透明になってきていた。
透けている。
まるで、そう、アニメとかドラマで消滅してしまう幽霊のように。
「ちょっと、ヒメムラサキどういうこと!」
うろたえる私に、ヒメムラサキは笑う。
「ヒメはね、奇跡からはるちゃんにあてた、長い長い恋文なの。奇跡が積み重ねた日々を、まるごとはるちゃんに贈るための恋文。はるちゃんが、奇跡を忘れないでいてくれるためだけに存在してたんだよ。役目を終えたら消えるように、プログラムされてる。一世一代のラブレターがずっと残ってるのは気恥ずかしいでしょ。……偽物の付喪神だけど、気持ちを――ただ、思いを伝えるためだけに役割を奇跡からもらっていたんだ」
それってとても幸せなことだよね――と、ヒメムラサキは言う。
「嫌だよ! ヒメムラサキ、行かないで」
「ごめんね、はるちゃん。これは、奇跡との大契約なの」
「でもっ……」
そんなのってない。
ヒメムラサキが消えちゃうなんて、そんなの嫌だ。
だってこの数か月、私は楽しかった。
ヒメムラサキの素っ頓狂で、優しくて、どこかさみしげで。
自分のことを偽物だなんて言いながら、私との日々を慈しんでくれたヒメムラサキ。
ずっと、もっと長いこと一緒にいたいのに。
「私っ、ヒメムラサキのことが好き! お姉ちゃんからの恋文は分かったよ、私は神崎奇跡が好きだった。彼女も私を好きだった。でも、……私、ヒメムラサキ、あなたのことが好きだよ!」
ホテルのベッドで出された「ヒント」。
嫌悪感はなかった。あのとき、私の胸は高鳴っていたんだ。
それはきっと、恋とかそういう名前のついた私の気持ち。
ヒメムラサキは大きく目を見開く。
泣きそうな、顔をする。
それなのに、非情にもヒメムラサキの体はどんどん薄れていった。
「はるちゃん……ごめん。ヒメは偽物だから、偽物のつくも神で、偽物の神崎奇跡で、だから……だから、この気持ちが本物かどうか、ヒメにはわからない」
「偽物なんかじゃない! ヒメムラサキは、私の本物の……」
本物の、何だろう。
つくも神?
バーチャルアシスタント?
それとも、恋人?
そのどれでもない、ような気がする。
それでも、それでも。
「ヒメムラサキは、本物のヒメムラサキだよ!!」
「……はるちゃん」
「ヒメムラサキ、大好き。ずっと、ずっと一緒にいたいよ」
手を握りたいのに。
もう、ヒメムラサキの顕現体が実体を保てない、触れられない。
ヒメムラサキからいつも漂っている花の香りが、もうしない。