神崎はるか様。
はるちゃんがこの恋文を聞いているころ、私はこの世にいないでしょう……なんだか映画チックな出だしです。
恋文はこれくらいドラマティックでなくてはいけないわ。
初めに言っておきますが、私が死んでしまったのは自殺ではありません。
そりゃあ、ちょっとは死んでしまいたいと思っていた自己嫌悪の日々もあったけれど、自殺というのはなんだか性に合わないから、絶対にそんなことはしないと心に決めています。
もし私が死んでしまったのだとしたら、それは絶対に事故なのです。
うっかりとした事故なのです。
――はるちゃん、私を好きだと言ってくれてありがとう。
私は、はるちゃんのことが大好きでした。
どれくらい好きかというと、それはたぶんアリがアフリカゾウに恋するくらいに途方もないほどに好きでした。ナマズが天王星に焦がれるくらいに好きでした。
はるちゃん、覚えていますか。
私が中学二年生のときのことです。
自分の心や肉体が、どうやら世の中の人々のその造りと随分違うことがわかった私は打ちひしがれていました。
崇拝と拒絶は似ているんだと、毎日毎日思い知りながら学校に行っていました。
みんなが私のことを神様みたいだなんて言い始めてたけど、学校に行くことをやめることもできない神様なんてちゃんちゃらおかしいね。
誰にも受け入れられずに生きる恐怖に、私は立ちすくんでいて。
……とにかく、あの夜私は疲れていました。
世界中が自分のことを崇拝して拒絶する。
そんな被害妄想に苛まれていました。
そんな夜、はるちゃんは私を見つけてくれました。
「私は何かが変なのかしら」とぼやく私に、なんてことなさそうにこう言ってくれましたね。
――「奇跡はただの私のお姉ちゃんだよ」って。
父さんと母さんが私ばかりをかまうことだとか、ランドセルが展示品だったこととか、思うところはあっただろうに、はるちゃんだけは私のことを人間だと、ただのお姉ちゃんだと言って、真実そう扱ってきてくれた。
山之上神社で、毎日のように夕焼けを眺めて。
本当に、本当に楽しかった。
……あの夜。
私、思わずはるちゃんにキスをしてしまったの。
あれは果たして、姉から妹への親愛のキスだったのかしら。
それとも。
今になっては分からない。
お姉ちゃんは、自分の気持ちの在り処すら、よくわからなくなってしまいました。
とにかくあの夜から、私は神崎はるかに恋をするようになってしまったんです。
ごめんなさい、ごめんなさい。こんなことをいきなり告げられて、きっとはるちゃんは戸惑うでしょうし、嫌悪感を持つかもしれない。願わくばそうあらないでほしいけれど。
はるちゃん。もう肉体を失っただろう私だから、この告白を許してください。
肉体の欲を伴って、私はあなたに恋をしていました。
実のお姉ちゃんなのに、ごめん。大好きなあなたが、毎晩同じ家に住んでいること。それに、少しずつ耐えられなくなってきていることに、私はある日気づいてしまったんです。
今すぐにでも、はるちゃんに抱き着きたい。
唇を奪いたい。
もっとたくさん触れ合いたい。
そんな風な想いを、ひっこめるのが辛くなってきてしまったんです。
そして、この恋心をはるちゃんに知られて、たったひとり私を人間扱いしてくれる最愛のあなたに拒絶されることが、どうしても耐えられなかった。
だから、急に家を出ました。
何も言わずにごめんなさい。
でも、はるちゃんに一言でも話したら、自分の中の気持ちを溢れさせてしまいそうで怖かった。
こんな私を神様だなんて、世間の人はどうかしていますね。
T.S.U.K.U.M.O.を買ったのは、はじめは気まぐれでした。
自傷行為的に大金を使ってみたいと思ったのです。
でも、T.S.U.K.U.M.O.はその顕現体を私の思うままの姿にすることができると聞いて、私は迷わずはるちゃんの姿を取らせました。
そして、もしも私が死んだあとは、はるちゃんに相続してもらうように、そして、その際の権限体は私の姿形になるように設定しました。
……気持ち悪い、よね。
でもね、私ははるちゃんに、私のことを忘れないでほしかった。
だから、T.S.U.K.U.M.O.にヒメムラサキ……勿忘草《ワスレナグサ》という名前を付けて、長い長い恋文として、はるちゃんに向けてしたためることにしたんです。
ヒメムラサキにはたくさんのことを話しました。
いかに私が、はるちゃんのことを愛していたかをたくさん語りました。
バーチャルアシスタントとしても活躍してくれたんだけれど、はるちゃんに相続する際に一部の人の連絡先ややり取り履歴を消すように設定していました。
ちょっと、なんというか、はるちゃんに知られたくない、捨て鉢な日々もあったから。
愛しているわ、はるちゃん。愛している。
大好き。誰よりも大切なはるちゃん……。
……、
……っ
ごめん。
死んだ人間に言われたって、戸惑わせるばかりですね。
言わなかったから、きっと私の気持ちははるちゃんに伝わっていなかったですよね。
臆病でズルい私を許してください。
伝えたくない、伝えられないと思っているくせに、やっぱりこの恋を伝えずにはいられませんでした。
――この恋心が手垢にまみれるくらいならば、いっそ誰にも知られずに死んでしまおうと思った。
たぶんそれが真実の愛なのだと、そう信じていた。
そんな愚かなお姉ちゃんを、どうぞ笑ってください。
そうして、どうか、忘れないでいて。
はるちゃんの心の片隅にでも、私の椅子を作ってください。
さようなら、さようなら。
私の大切な、誰よりも愛する、神崎はるか様へ。
神崎奇跡より、新品の愛をこめて。