『ねえ、はるちゃん』

「……、ん」

 涙が止まらない。

 思い出してしまったのだ。

 あの山之上神社で過ごした日々。

 あのとき確かに、私は奇跡のことが――嫌いではなかった。

『奇跡のこと。奇跡への気持ち、ヒメに教えてくれない?』

 神崎奇跡そっくりの顔でヒメムラサキはまっすぐに私を見る。

 どうしてそんな姿なの。

 どうして、奇跡の死後に姿が変わったの。

 よりにもよって、どうして奇跡の顔で私の前に現れるの。

 嫌い、嫌い、大嫌い。

 私の前から姿を消した奇跡のことなんて大嫌い。

 今更、私のことが好きだなんて知らされても。

 平凡な私にはわからない。

 言ってくれないと、わからないよ。




 神崎奇跡は、私のヒーローだった。
 神崎奇跡は、私の憧れだった。
 それよりなにより神崎奇跡は、私のお姉ちゃんだった。
 私は、私は――私は、神崎奇跡のことが。



「だ、ぃ、……っき、だ……のに、どうして、どうして、どうして居なくなったの、どうして死んじゃったのっ! 私は、お姉ちゃんが、奇跡のことがっ!」

 私は叫ぶ。

「大好きだったのに!!」


 叩きつけるように叫ぶ。

 周囲の観光客が身構えた。

 知るか、そんなこと。

 かつて、私は神崎奇跡が大好きだった。

 それなのに、奇跡は誰にも相談せずにある日突然家を出て、一度も戻らないままに死んでしまった。

 なんで、どうして。

 混乱してしゃがみこむ私の耳に――ヒメムラサキの声が響く。







『――条件確認。T.S.U.K.U.M.O.システム、個体名ヒメムラサキ。契約者神崎奇跡との大契約第三項の発動を宣言します』






 機械的な声に、えっ、と驚いて顔を上げると。


 ヒメムラサキに唇を奪われた。

 あの日の奇跡のように。
 柔らかい唇。

 瞬間、私の意識は混濁した。