「奇跡」

「……はるちゃん」

 お互いに、名前だけを呼んだ。


 神崎奇跡はいつもの超然とした様子がなく、すこし困惑しているように見えた。

 よくよく話を聞いてみれば、中学校生活のなかで彼女は死ぬほど「特別」なのだという嘆きだった。


 たしかに奇跡は二次性徴をむかえて今までの美少女っぷりとは一線を画した神秘的な美しさを得ていたし、その行動や微笑みはそんじょそこらの人間には理解できない超然としたものがあった。

 十三才そこそこの中学生にとっては特別な存在だろう。

 ひょっとしたら、先生たちにとっても。

 変わっていく自分と、変わっていく周囲の対応。

 要するに、どんどん特別になっていく自分自身に神崎奇跡は戸惑っていたのだ。


 なんだそれ、と私は思った。


 どこまでも平凡な私が一生悩むことのない贅沢にもほどがある悩みだった。






 でも。
 ――でも、私が知っている神崎奇跡は、山之上神社で内緒話に明け暮れる普通の、どこにでもいる、お姉ちゃんで。



 だから私はあの夜、なんて言ったんだろう。


 昨晩のヒメムラサキからの「ヒント」、才谷杏子から告げられた奇跡の寝言……、なんだか、頭がぼおっとする。


 思い出すのは、いつも夕日を眺めていた場所から見えたこぼれそうな星空と地上に煌めく街の灯。

 その美しさ。


 つないだ手の温かさ。


 触れた唇の、柔らかさ。