ヒメムラサキを顕現させて展望台の外に出ると、何やら騒がしかった。

「どうしたんですか?」

 聞くと、観光客風のおばさんがまくしたてるように教えてくれる。
「なんでもね、人が飛び降りようとしたらしいのよ。怖いわねぇ、東尋坊! ホントにこういうことがあるのね、東尋坊!」

 興奮気味のおばさんの言葉に、はっとする。

「それって、どんな人でした?」

「どんなって……あっちで周囲の人に取り押さえられてるわよ。早まるなーっ! って、何人もで抑えたの。顔は見えなかったけれど……」

「髪の毛、オレンジ色ですか?」

「そう、そうよ! オレンジ色の髪の毛!」

 おばさんは目を輝かせた。

 ああ、と私はため息をつく。

 黒山の人だかりになっている。

 あの中心に、才谷杏子はいるのだろう。

 風に飛ばされるみたいに落下した神崎奇跡とは、たぶん特別さが違うのだ。


 彼女、才谷杏子は死ぬことがなかった。