美しい女が座っている。
長い黒髪は艶めいている。
女は、T.S.U.K.U.M.O.に命じる。
今から言う人間――彼女と”いい仲”の人間全員についての記録を消すようにと。
『きれいさっぱり、お願いね』
T.S.U.K.U.M.O.がそれを遂行したのを見届けて、女はぽつりぽつりと語り始める。
片手にはパック日本酒。
美しい女の白い手に握られるには似つかわしくないドリンク。
女は、語る。
死んでしまいたい、と。
それでも、その反面。
彼女が抱いているある想いを誰にも汚されないままにしぶとく生きていくのは愉快であろうと。
遺書は、準備していると。
先ほどの特定の連絡先と記録を削除するコマンドは、たった一人の――彼女の愛する人のことを気にして行われたのだと。
彼女が死にたいと願うほどに、狂おしいほどにその胸をかき乱す思いは
――きっと恋と名付けるべきものなのだと。
そして、その恋は――その恋の相手にだけは、死ぬまで気持ちを伝えられないのだと。
とりとめもなく、彼女は語る。
T.S.U.K.U.M.O.は、彼女の大切な言葉と大切な想いをただただその身に蓄積させる。
長年、降り積もるように大切に使われた物品はいつか付喪神となる。
この、美しく完璧な人間の――神崎奇跡の、長いこと誰にも伝えられないでいる思いを飲み込んで、自分一人がずっと覚えておくというのは。
その神格を模したT.S.U.K.U.M.O.には、うってつけの仕事だと。
ヒメムラサキはそう思った。