「わっ……」

 その歪みはすぐに、人の形をとった。

 呪符を置いていたテーブルの上。

 呪符を踏みつけて立っている少女が現れたのだ。数秒前まではなにもなかった空間に。


『――再起動確認。顕現、維持。仮想神格システムT.S.U.K.U.M.O.、個体名はヒメムラサキ』


 少女はよどみなく宣言する。

 すずの転がるような声だけれど、どこか機械めいて……というかスピーカーを通した声のような小さな違和感がある。

 透き通る肌、絹みたいな黒髪のおかっぱ、その容貌。
 その姿に、言葉を失う。

 その付喪神は、どこに行っても神様みたいに崇められた姉――神崎奇跡を彷彿とさせる姿だった。

 というか、少女時代の奇跡に瓜二つだった。

 顔が、いい。

「あー、えっと。はじめまして、ヒメムラサキ」

 人工付喪神の少女に、恐る恐る声をかける。

「私の名前は、はるか」

『……はるか』

「神崎、はるか」

『――神崎、はるか?』

 まずは使役者の名前を教えること。

 『T.S.U.K.U.M.O.システム起動の手引き』には、そう書いてあった。

「今日から、あなたの新しい主人です」

 佇む少女、ヒメムラサキにそう宣言する。
 沈黙。
 美しい少女は、私をたっぷり十秒間見下ろしてやっと口を開いた。

『奇跡はどうしたの? はるか、というのは奇跡の妹の名前でしょう』

 こてん、と首をかしげるヒメムラサキ。

「うん、神崎奇跡は確かに私の姉さんだよ」

 諭すように、言い聞かせるように話す。

 もしかしたら、自分自身に言い聞かせているのかもしれない。


 噛みしめるように、諦めるように。

 神崎奇跡は死んだのだと。