140度の彼方で、きみとあの日 見上げた星空

雨の中、ふらふらと歩きだす。

夜目が効いてくると、月と星の明かりだけでも進めるものだな、と思った。

なぜだか、疲れる気がしない。

そりゃそうか。

あたしは令和で健康を取り戻した体でたった1日、歩いただけなんだから。


すごくすごく、長かった気がしたのに、ここへ来て1日とちょっとしか経ってない。


半分以上の時間を、鼻がおかしくなりそうな異臭の中での死体確認に費やした。

昇さんと過ごせたのは、最後の数時間だけ。


……それでも、会えた奇跡に感謝しなきゃだよね。

奇跡……?

奇跡なんかじゃないよ。

こんなの奇跡じゃない。

だって、昇さんは死んでしまったじゃないか。


『お前を守る為に生まれて、お前を守る為に生きた』


そんな、映画みたいな言葉をあたしに遺して、逝ってしまった。

この先、生きていたってこんな言葉をくれるひとなんて他にいないよ。

いたとしたって、昇さんじゃないなら、意味がない。


命がけの恋がしたいなんて、あたしは何を考えてたんだろう。

前のあたしは人が死ぬってことがどんなことか、全然わかってなかった。


こんな思いをするくらいなら、恋なんか知りたくなかった。

こんな結末になるなら、恋なんかしたくなかった。


ううん、会わなければよかった。

だって昇さんは、あたしと会わなければヘビに噛まれて死んだりしなかった!

…昇さんが死んでしまうくらいなら、あたしが噛まれて死ねばよかったんだよ。


もう、あたしもここで死んでしまえばいい。


同じ島で、同じ森で、同じ土に還って。

ずっと南十字の下に眠り続けよう。



昇さんのところへ戻りたい……

でも、あたしは未来からきた人間だ。

軍の人たちが歩きそうなところで死んだら、あたし自身もそうだけど、この荷物が見つかったりしたら大変なことになる。

できるだけ、ルートから外れたところへ行かなきゃ。


星明かりだけが頼りの群青色の森を、逃げるように駆けた。

ぬかるみに足をとられては転び、だけどあたしは何かにとりつかれたみたいに死に場所を探して走った。

それ以外の事を考えたくなかった。

立ち止まったら、泣いてしまいそうだった。


無謀に動き回ったあたしは方向を見失って、朝が来る頃には、足がいうことを聞かなくなって動けなくなってしまった。


どこをどう歩いたのか、走ったのか、あたしは今までに見たことがないくらい澄んだ川を見下ろしていた。


まるで海みたいなエメラルドグリーンのその川は、朝日が雨上がりの虹を掛けて、幻想の世界に迷い込んだかと思うほどに綺麗で。


フルートみたいな鳥のさえずりがまた、聴こえだした。

ネットで調べてわかったの。

あの鳴き声は、極楽鳥。

バードオブパラダイスっていうんだって。

とてもキレイな鳥だった。

こうしてみると、この島は本当に『パラダイス』に見えた。

花が咲いて、水は澄んで、森は豊かで、鳥や蝶、虫たちの、楽園。


やっぱり、戦争を持ち込むような人間がいていい所じゃ、ないのかもしれない。


そんなことを考えるほど、美しい景色だった。


「ああ、もう疲れちゃったな……」


あたしの瞼は、楽園の残像を映したまま重たくなって、静かに閉じた。