「昇さん!?」


ハートを作った指も、腕も、だらりと力を失って、あたしの膝に落ちた。

昇さんの体から力が抜けていくみたいで、支えられないほどに重くなっていく。

あたしはこらえきれなくて、一緒にそのまま倒れるみたいに土に転がった。

そのまま、満天の星空の真下、耳元で浅い呼吸をくりかえす昇さんを抱きしめる。

時間だけが過ぎて、昇さんの呼吸はどんどん小さくなっていく。


「あたしは…名誉なんかじゃなくって、なんにもなくってもいいから、ただ、ずっと一緒にいたかったよ……どこにも行かないでほしいんだよ…ひとりに…しないでよ……」
「、…………、………、…………、…」

昇さんの唇がなにか言いたげに動いて、だけどあたしには聞き取れなかった。

昇さんの次の呼吸は、いつまで待ってもなかった。


「昇さん、今、何て言ったの?わかんないよ……」


あたしはこの瞬間が来た時、もっと取り乱すと思ってた。

気が狂ってしまうんじゃないかって、思ってた。

だけど実際は、逆だった。

まるで感情の扉が防水仕様にでもなったみたいに、何も漏れないほどに閉じてる。

まだ生きているみたいな温かい頬に触れてみても、悲しいとかいう感情は、出てこなかった。

面白いくらい、何も感じない。

心が、機械にでもなったみたい。


なにもする気になれなかった。

だけど昇さんは夜の冷気と合わせるみたいに、硬く、冷たさを増してくる。

隣にいると、湿った土と昇さんの冷たさで、あたしも凍えそうだった。


のそりと、力の入らない体を起こす。

そうしたら、遠くに灯りが見えた。


たいまつだ。

こっちに向かってくる。

あたしたちよりも遅い人たちが、まだ、いたんだ。


あたしは慌てて荷物をまとめて茂みに隠れた。


「おい、見ろ、火が点いてる。眠ってるのか?」
「いや、死んでるな」
「そうか…ここまで来たのにな。何か名前のわかるものはあるか」


あ……

火を消さないで来てしまったせいで、気付かれてしまった。

この人たちが、晶の家にカメラを届けてくれるのかな…


ついさっきまであたしもそこにいたのに、今はもうまるでテレビでも見ているみたいにその様子を見てた。

すごく……昇さんを遠く感じる。




ポツリ、ポツリ。

雨だ……


悲しいはずなのに涙が出ない薄情なあたしのかわりに、空が泣いてくれたような気がした。


そんなわけはないよね。

ここはいつだって時間を選ばないでこんなふうに雨が降る。

今回、あたしはいつまでここにいるんだろう。

昇さんがいないこの時代に、もう、用なんかないのに。