水も食糧も、薬だってあるのに、結局あたしは何も出来ない。

何も出来ないまま、黙って弱っていく昇さんを見ているだけなんて。


「嫌だよ、昇さん、死んじゃ嫌だ…っ」
「泣くな。ほら見てみろ」


あたしの肩にもたれたまま空を指さす昇さんの視線を追うと、空爆で穴があいた森の上に、満天の星空が広がっていた。

深い紺色に数えきれないくらいの星が輝く、ラピスラズリみたいな空。


「すごい…………」
「ここの空は、本土から見えない星座が見えるんだ。船乗りが南を目指す時に見る星もある。ほら」
「どこ?」


昇さんの腕が弱々しく伸びて、アングルを決めるみたいにフレームを形作った。

その中を覗くと、周囲より強く輝く星があるのがわかった。


「南十字だよ。俺たちも夜が来るたびにこの星を確認して、また進んできたんだ」


南十字……校外授業のときにやってたのを思い出した。
あのときはただ眠くて面倒で聞き流してたけど、昇さんと見る星空はぜんぜん違って見えた。


「キレイ…本当に十字架みたい……」
「ただ方角を知る為だけの星空も、お前と見ていると違って見えるな」
「……昇さん」


好きって、言いたかった。

ここにもういちど来たのは、それを伝えるためでもあった。

だけど、もうその言葉だけで充分だと、思った。

同じものを見て、おんなじことを感じて、もうそれだけで。


歳も離れていて、女子力もなくて、なんの役にも立てないあたしが告白しても、優しい昇さんを困らせるだけだ。

自分の死期が迫っているのに、あたしを安心させようとしてこんなふうになんでもない話をしてくれる昇さんを、困らせちゃ、だめだ。


「未来ではね……フレームはこうやって作るんだよ」


あたしはまた嘘をついた。

昇さんの両手の指が作った四角いフレームの片手をそっとはずして、自分の指をぴったりくっつける。

人差し指を曲げて。


あたしと昇さんが指で作ったハートの中で、南十字が瞬いていた。


好きなんて、言わないから。

これくらいは、許して……


「へえ、トランプのハートみたい…だな」
「……ハート、知ってるんだ」
「…………知って…る」
「え?」


昇さんが知っているのはトランプだけなのか、ハートの意味もなのか、その言葉からはわからなかった。

だけど、昇さんの言葉はそこで途切れた。