「あたしのいた時代にはね、名誉の死なんてないんだよ。あるとすれば例えば子供をかばって死んじゃったとか、たぶんそういうのくらい。みんなね、死ぬときは突然だよ。毎日ニュースでやってた。コンビニに車が突っ込んで高校生が死んだとか、仕事場にいきなりガソリン撒かれて爆発死とかね。じゃあさ、それはみんな無駄な死?」

「それとこれとは話が違うだろう。戦争なんだ」

「違わないよ!戦争があったってなくったって、あたしたちはただ生きて、ただ死ぬだけだよ、生まれたらみんな死ぬんだから。じゃあさ、無駄なんだったらなんで生まれたの?なんで生きてるの?」


あたしは、昇さんにこの戦争に負けることを恥じてほしくなかったし、この島で起きたこと、亡くなった人たちが負けたら全て無駄になるなんて、思って欲しくなかった。


「…戦争じゃないけど、大きな地震があったの」
「地震…」

「その時のことはまだ小さかったからよくは憶えてないんだけどね、テレビで追悼番組やってて、自分の避難が間に合わなくなるまで避難を呼びかける放送をして津波に飲まれて亡くなった人の話を見たの」

「…立派な死だな。それこそ名誉じゃないのか」
「ほらまたそうやって。その時のテレビでもそんな感じだったんだけど、あたしはなんか嫌だなって思ってたの。その嫌だなの理由が、今ならわかるよ」

「どういうことだ」
「立派に、生きたんじゃないかな。その人」
「……」

「無駄かどうかは考え方とか、生き方で変わるんだよ。死に方じゃない……あたし、ここにきてずっと役立たずで、それこそ無駄な存在だった。なんでこんなとこ、なんでこんな目に、ってずっと思ってたし。でも、変わりたいって思ったの」


そう、変わりたいって思った。

思うこと自体が、あたしが変わった何よりの証拠。


誰かの役に立ちたいとか、そんなこと考えたこともなかったあたしが、死を待つ向井さんや山根さんの話を聞いてあげられただけでも、少しはここに来た意味があったのかなとか、その程度だけど。

だけどそんな小さな寄り掛かり合いだけでも、人が生きた意味にはなるってことを知った。


「ここに来たこと自体、初めはあたしにとって本当に意味不明だった。でも、ここに来なかったら、あたしは気付かなかったし、変わらなかったと思うの」


たった数日でも、たったひとことでも、関わっただけでそれはもう意味なんだ。

昇さんと出会ったことが、5人で歩いたあの数日が、あたしを変えた。


気付かせてくれたんだ。

ここでの全てが、あたしに、教えてくれた。

クリックひとつでなんでも揃うことのすごさを、蛇口をひねれば飲み水が出るすばらしさを、そして、食べ物のありがたみを。

ううん、食べ物だけじゃない。

あたしをとりまく全てのものが、ありがたいんだってこと。


「だから、あたしがここに来たことも、意味があることで無駄なことじゃないの。勝ったか負けたかとか、無駄か名誉かなんて分けてほしくない」

「…本当に、変わったな。虫が怖くて寝れなかったようなやつが俺に説教できるまでになるとは」
「あ…」


昇さんが、空を仰いでクスリと微笑んだ。


「そうだな、俺は弱虫だ」
「違うよ、やっぱり一番強いのが昇さんなんだ」
「おいおい、随分と極端だな」


うん。

極端だ。

だけどこんなこと言われて怒らない昇さんは、きっと、理不尽でもなんでも、全部を納得して受け入れてるんだ。

だからきっと、この戦争は負けるかも、無駄かもって思ってたのに、ここまで来れたんだ。

すごいよ。



ぐにゃ。

え?

話がひと段落ついたな、と少し凝った体勢をずらしたとき、手を置いたところにひんやりとした柔らかいものに触れた。


「だめだっ!!」
「きゃ」


それが何かを確認する間もなく、あたしは昇さんに突き飛ばされた。

驚きと体の痛みで何が起きたのか把握するまで、あたしは突き飛ばされて倒れた姿勢のまま動けなかった。


「いっ痛……っ」


やっとなんとか体をさすりながら起こしたあたしが見たのは、腕を押さえながらヘビを蹴って追いやる昇さんの姿だった。