晶の部屋は2階。おじいちゃんは1階。降りて行ったら、部屋にはいなくて、陽の当たる縁側に出て、ゆらゆらと体を揺すっていた。
おじいちゃんおじいちゃんと言っているけど、実際にはひいおじいちゃんだ。かなりヨボヨボな感じで、本当に話が聞けるのかと心配になる。
「あの……」
「あ、ああ、ああ。よーぐ来だなぁ」
「えっと」
「ささ、入れ、すぐに茶をいれさせっがら」
なにか、まるで誰かと勘違いしてるみたいな丁重な歓迎を受けて、面食らう。おじいちゃん、誰が来たと思ってるんだろう?
おじいちゃんが、いそいそと押し入れへ向かい、中から漆塗りの文箱を出してきた。
「この写真は、おじょうさんのだんべ」
「え?」
そう言っておじいちゃんが文箱から取り出した写真を見た時、あたしは息が止まるかと思った。
「こ……れ……」
それは、さっき晶が見せてくれた写真の一番最後にあるはずの写真だった。つまり、昭和19年の4月、あたしと昇さんが初めて海で出会った時の写真。あたしを人魚だと言って、昇さんが撮った写真……。
「昇さん……っ」
思わず泣き崩れるあたしに、おじいちゃんがやけにスッキリと澄んだ声で、言った。
「まづだのぼるはぁ、ひどつ上のアニさんだ。アニさんは、お国を守る為に南の島で英霊様になりなさっだ」
「おじいちゃんの、お兄さんなんですか!?」
「そうだぁ。優ーぁしぐで、頭のいいアニさんだ」
松田…そうか、最後に昇さんが名乗ったときに言ってた「町田」が、本当の名字で、阿久津さんの訛りであたしが勝手に「松田」だと思ってしまっていたんだ。
「遺骨もなんもねぐて、だけんども後でカメラを持っで来てくれた兵隊さんがいてなぁ」
「そのカメラは!?どこですか?」
「終戦後はウヂも苦しぐて、カメラは親父が売っぱらっちまっだんだ。だけんどそん時売っだとごが質屋でねぐてカメラ屋で、中に切れ端が入っでたって焼いで持っで来てくれたんがほれ、おじょうさんの写真だったんだと」
切れ端……!それでさっきの中にはなかったんだ!
古くて、白黒も褪せて、南国の海に女の子がいるだけの写真。どんなに目を凝らしても、あたしだとはわからない。なのになんでおじいちゃんは、あたしだって言って渡してくれたんだろう。
「おじいちゃん、なんでこの写真に写ってるのがあたしだと思うの?」
「なんでって……そんなの、すぐにわかっぺ。そこでアニさんが笑っでら」
おじいちゃんは晶を嬉しそうに眺めて、歯のない口でにんまりと笑った。まるですぐそこに昇さんがいるみたいに。もしかして、おじいちゃんには晶が昇さんだってこと分かっているのかも。