今はもう使われてない北校舎と交わる階段の踊り場は、少しカビ臭いにおいがした。

こんなとこまで来て、晶は何を始めるつもりなんだろう。


「しょ……」
「弥生。お前、GW本当は何処で何してた?」


!!!

いきなり何言ってるの?


「え?どこって。知ってるでしょ、潮干狩りで倒れて、ずっと病院だよ」
「その割には随分とよく日焼けして、男っぽくなった」
「ばっ…!!」


まるでどこかに遊びにでも行ったと言いたいのか、晶の顔に笑顔はなかった。

疑われて腹が立つ。

言い返してやりたい。

あたしがどんなところにいたか。

どんな思いをしたか。

みんなが、どんな思いで逝ったか。

そして今も、75年前の今頃も、苦しい思いで歩き続けてる人たちがいるんだって、言ってやりたい。

でも、それはできない。

悔しさがこみあげて、涙になる。


「話したいことが、あるんだろ?困ってることも。全部俺に言ってくれよ。力になりたいんだ」


震えるあたしの肩を強く掴んで、晶が言った。

あれ?

前にもこんなこと……


予想外の言葉に、あたしの全身から力が抜けた。

そうか、真剣すぎて、怖い顔になってたのかも。


「あのね、信じてもらえないかもしれないけど、あたし」


あたしは、晶の言葉のままに頼るように、すべてを打ち明けた。

ひとりで抱えるには、ちょっと重すぎたから。

誰かに聞いて欲しいって、思ってたから。


晶は、ただ、黙って聞いてくれて、警察へも掛け合うと言ってくれた。


「サルミに、行こうとしてるんだろ?」


待って。
変。

あたし、晶にタイムスリップの話はしたけど、サルミなんて言っていないし、これから何しようとしているかなんて話していない。
晶、もしかしてニューギニアでの戦争に詳しいの?
    

「晶、どうしてそれを…」
「弥生にいつ話そうかって、ずっと考えてたんだ」
「…え」


どうして?
おじいちゃんがそれくらいの年代だから?だったら、なんでもっと早く教えてくれなかったの?


「俺が思い出したのは、ガキの頃なんだよ。もう10年くらい経つ」


晶の話し方はなんだか少しおかしかった。


「どういうこと?」
「それでカメラ、始めたんだ」
「なんの話をしているの?カメラ?」
「だけどその時に弥生に話したって、絶対信じてくれないだろうなって」
「だからなんの話なのってば」
「俺が、昇だって話だよ」
「え。今、なんて言ったの?」


耳を疑った。

待ってよ。

晶、本当に何を言ってるの?


「お前があの日タイムスリップしたこと、知ってたんだ。止めたかった。でも止め方なんか知らないから」
「待って、待ってよ。そんなの信じられるわけない」
「タイムスリップが実際にあったんだから、生まれ変わりくらい軽く信じろよな」
「本当に、昇さんなの?」
「そうだよ」


嘘みたい……こんなのって。

晶が昇さん……?


「弥生。俺、お前のこと好きだから」




え、っと……それは晶として?

どうしよう。
びっくりして、どうしていいかわからない。

なんかもっとこう、「ホント!?嬉しい!愛してる!!」って涙しちゃうみたいなのが正解なんだろうなと思うんだけど、晶の顔で言われても…って、正直思ってしまった。

我ながら、女子力低すぎ。


でも、本当にどうしていいかわからない。

生まれ変わりを信じないわけじゃないけど、瓜二つならともかく、見た目が別人なんだもん。

いきなり言われても、困る…。
あたしが好きなのは昇さんで、晶じゃないから。


「力になるなんて言ったけど、俺はもう行かせたくない」


晶が、絞り出すような声で言った。


「でも、そんなの、いきなり言われても…」
「とりあえず、じいちゃんに話を聞きにいかないか。俺も昔の記憶はあやふやなんだ」


おじいちゃんは今はもう数少ない、戦争時代を知る人だ。
あたしは混乱しつつも、こくりと頷いた。

「あ、でもその前に!軍服とか返してもらいたい…」
「そうか。じゃあ先に警察か」
「一緒に行ってくれるの?ありがとう」
「これくらいは力になるよ、まだ調子戻りきってないだろ」
「あ、うん。ありが、と」

晶のおじいちゃんに会いに行くのは、少し後になった。