140度の彼方で、きみとあの日 見上げた星空

今はもう使われてない北校舎と交わる階段の踊り場は、少しカビ臭いにおいがした。

こんなとこまで来て、晶は何を始めるつもりなんだろう。


「しょ……」
「弥生。お前、GW本当は何処で何してた?」


!!!

いきなり何言ってるの?


「え?どこって。知ってるでしょ、潮干狩りで倒れて、ずっと病院だよ」
「その割には随分とよく日焼けして、男っぽくなった」
「ばっ…!!」


まるでどこかに遊びにでも行ったと言いたいのか、晶の顔に笑顔はなかった。

疑われて腹が立つ。

言い返してやりたい。

あたしがどんなところにいたか。

どんな思いをしたか。

みんなが、どんな思いで逝ったか。

そして今も、75年前の今頃も、苦しい思いで歩き続けてる人たちがいるんだって、言ってやりたい。

でも、それはできない。

悔しさがこみあげて、涙になる。


「話したいことが、あるんだろ?困ってることも。全部俺に言ってくれよ。力になりたいんだ」


震えるあたしの肩を強く掴んで、晶が言った。

あれ?

前にもこんなこと……


予想外の言葉に、あたしの全身から力が抜けた。

そうか、真剣すぎて、怖い顔になってたのかも。


「あのね、信じてもらえないかもしれないけど、あたし」


あたしは、晶の言葉のままに頼るように、すべてを打ち明けた。

ひとりで抱えるには、ちょっと重すぎたから。

誰かに聞いて欲しいって、思ってたから。


晶は、ただ、黙って聞いてくれて、警察へも掛け合うと言ってくれた。


「サルミに、行こうとしてるんだろ?」


待って。
変。

あたし、晶にタイムスリップの話はしたけど、サルミなんて言っていないし、これから何しようとしているかなんて話していない。
晶、もしかしてニューギニアでの戦争に詳しいの?
    

「晶、どうしてそれを…」
「弥生にいつ話そうかって、ずっと考えてたんだ」
「…え」


どうして?
おじいちゃんがそれくらいの年代だから?だったら、なんでもっと早く教えてくれなかったの?


「俺が思い出したのは、ガキの頃なんだよ。もう10年くらい経つ」


晶の話し方はなんだか少しおかしかった。


「どういうこと?」
「それでカメラ、始めたんだ」
「なんの話をしているの?カメラ?」
「だけどその時に弥生に話したって、絶対信じてくれないだろうなって」
「だからなんの話なのってば」
「俺が、昇だって話だよ」
「え。今、なんて言ったの?」


耳を疑った。

待ってよ。

晶、本当に何を言ってるの?


「お前があの日タイムスリップしたこと、知ってたんだ。止めたかった。でも止め方なんか知らないから」
「待って、待ってよ。そんなの信じられるわけない」
「タイムスリップが実際にあったんだから、生まれ変わりくらい軽く信じろよな」
「本当に、昇さんなの?」
「そうだよ」


嘘みたい……こんなのって。

晶が昇さん……?


「弥生。俺、お前のこと好きだから」




え、っと……それは晶として?

どうしよう。
びっくりして、どうしていいかわからない。

なんかもっとこう、「ホント!?嬉しい!愛してる!!」って涙しちゃうみたいなのが正解なんだろうなと思うんだけど、晶の顔で言われても…って、正直思ってしまった。

我ながら、女子力低すぎ。


でも、本当にどうしていいかわからない。

生まれ変わりを信じないわけじゃないけど、瓜二つならともかく、見た目が別人なんだもん。

いきなり言われても、困る…。
あたしが好きなのは昇さんで、晶じゃないから。


「力になるなんて言ったけど、俺はもう行かせたくない」


晶が、絞り出すような声で言った。


「でも、そんなの、いきなり言われても…」
「とりあえず、じいちゃんに話を聞きにいかないか。俺も昔の記憶はあやふやなんだ」


おじいちゃんは今はもう数少ない、戦争時代を知る人だ。
あたしは混乱しつつも、こくりと頷いた。

「あ、でもその前に!軍服とか返してもらいたい…」
「そうか。じゃあ先に警察か」
「一緒に行ってくれるの?ありがとう」
「これくらいは力になるよ、まだ調子戻りきってないだろ」
「あ、うん。ありが、と」

晶のおじいちゃんに会いに行くのは、少し後になった。