あたしの気持ちとは裏腹に、現実はタイムスリップ希望者には優しくなかった。

過去への戻り方、なんて検索しても、SF小説やマンガの類が出てくるだけ。

当たり前だよね。

ニューギニア島に行くだけなら、ハワイに行くより近くて、しかもあたしがいた辺りとは時差もないらしいっていうのに。


だけど、途方に暮れて地図を眺めてたら、縦と横に線が引いてあるのに気がついた。

ああ、緯度と経度ね。

そんな風に漠然とした風でなんとなく線を辿る。

5度ずつに線が引かれていて、おもしろいことに北緯37度と東経140度が交わるポイントが地元にあるのが分かった。

切りのいい線が交わる所はそう多くはないからか、地味な観光スポットになっていて、那須野ゼロポイント、なんて名前が付けられていた。


「へえ……って、こんな脱線してる場合じゃないのに」


地図を縮小して、またニューギニア島を表示しよう。

そう思ってスクロールしようとして、あたしは思わず手を止めた。


息を、飲んだ。


小さくなった世界地図の上で、日本とニューギニア島が、あたしがマークして赤くなった東経140度の線で結ばれていた。


ドキドキドキドキ。


あたしの心臓は何に高鳴っているんだろう。

自分でもなぜだかわからなかった。

でもどうしようもなくその赤い線が気になった。

なんで?

だってただ、経線が1本引かれてるだけの地図だよ。


だけどあたしは何かに突き動かされるみたいに、マウスのホイールを回してニューギニア島を拡大していた。

ゆっくり、ゆっくり、拡大で経線を見失わないように。

それがなんだっていうの?

そこに何かあるっていうの?


息を止めて、更に拡大した、その先に。


「嘘……、本当にあった……」


140度の線、少し東に。


ゲニムがあった。


もしかして、そんなわけないけど!

でも他に手がかりなんかないんだから、調べてみるしかない!


そこからのあたしは夢中だった。

まずゲニムの合流場所の正確な位置を確認して経度を記入。

戦時中の古い地図と衛星地図では少しずれがあるけど、小さく開けた街があった。

たぶんここだ。

そしてその経線を辿って日本の地図を拡大。


そこにあったのは……


すごい……


こんなことって、あるのかな。

偶然の一致かもしれないけど、その線の上にあったのは、今、あたしがいる病院だった。

ここは、かかりつけでもないし普段は使ったことがない病院。

家からは少し遠いけど、千葉で倒れて向こうの病院からここに移送されたからしょうがないって、昨日お母さんがちょっと愚痴ってた。


もしかしてあたし、この経線が重なったところでタイムスリップしてるのかも!

そんなアホみたいなことを考えついて、まさか、でももしかして、そんな気持ちで、ひとつめの場所を表示した。


初めて昇さんと海で会った時にあたしがいたのは、さくら宇宙公園。

さくら宇宙公園の経度は。

だいたい、140°41’……

そのニューギニアは……あった!


やっぱり、ホルランジヤ、いまはジャヤプラって地名に変わってるけど、日本軍の港のそばだ!


ここまでくるともう偶然じゃないって確信があった。


行けるかもしれない!

まだ行き方も戻り方もわからないけど、パズルのピースがひとつはまったみたいな気分で、胸が高鳴る。


次!

次にあたしがいたのは、千葉の海岸!


だいたい、140°32’……

……やっぱり!

センタニ湖の東端、昇さんと面と向かって会って髪を切られたのは、きっとこの辺りのはず!


そして、最初に調べたゲニムとこの病院の位置関係。

合わせて、3か所の条件が揃った。


あたしが、この線の上でタイムスリップしてるのは、もう間違いない。


だけど、その先、どうやって行くか、戻るかの条件は、さっぱりわからなかった。