あたしが次の瞬間に見たのは、白い天井だった。

体が重くて、全神経を研ぎ澄ましてやっと、自分の指を自分の意志で動かせることを確認した。

ここ…病院?

だよね。


あたし、めまいで倒れでもしたのかな?

だけど、どこかが痛いとか、そういう感じじゃない。

ただただ、体が重くてだるい。

まともに首も動かない状態で、なんとか見える範囲を見渡す。

白い天井はパネル状になっていて、照明が埋め込んである。
天井からはオフホワイトの細いポールが等間隔に伸びて、同じ色のカーテンレールがぶら下がっていた。

カーテンは清潔そうな明るいパステルオレンジで、上の方は目の粗いネットになっている。

壁はピーナツクリームみたいな明るくて爽やかなモカ色。

ドアや棚がそれより少し濃いめの茶色い木目で統一されているようだった。

全体的に、昭和19年のものじゃない気がする。

ゲニムにこんな設備の病院、あるのかな?

それか、本当に元の時代?


じわじわと少し違和感のある左手に気付いて神経を集中させると、腕を少し持ち上げることができた。

なんとか視界に入った手の甲には、肌みたいに柔軟で透明なフィルムが覆う清潔そうな極細の点滴針と、そこから伸びるしなやかな細いチューブがついている。


やっぱり。

ここは現代だ。

あの時代、しかもあの島に、こんな綺麗で進んだ病院や医療器具があるはずがないんだから。


…戻って、きたの?

ううん、そもそも。

タイムスリップなんてあり得ない。


この状況から察するに、きっとあたしは海でなにかあってここに運ばれたんだ。

それで、長い夢を見ていたって考える方が、自然だよね。


ということは、阿久津さんも、山根さんも、向井さんもいないんだ。

もちろん、昇さんも…


見送ったみんなが実在しなかったのなら、辛い死に方をした人がいないということ。

ホッとして涙がこぼれた。

だけど同時に、安堵の涙はすぐに例えようのない喪失感の涙へと変わった。


ずっと必死にあたしを守ってくれた昇さんが、いない。

存在すらしていなかったなんて、耐えられない。


「…っく…、うっ…」


胸が張り裂けそうなほど、苦しい。

涙が後から後から溢れてくるのが、余計に辛い。

だって、さっきまでは汗も涙も、まともに出ることなんかなかった。

嗚咽で、息が出来なくなる。

会いたい。


会いたい!


夢だったなんて、嫌だよ!

もう歩き疲れて、臭くて汚くて、お腹がすいて仕方がなくて、悲しくて辛くてどうしようもない日々だったけど、それでも。

昇さんと過ごしたことの全部が夢だったなんて、そんなの嫌だ!