もう動かない山根さんを膝に抱えて、あたしはぼんやりと辺りを眺めた。


悲しいはずなのに、向井さんのときはあんなに乱れた心が、今はむしろ全然動かない。

死って、慣れるのかな。

それとも、麻痺してるのかな。


心の出入口が閉まってるみたいな感じ。

そのかわり、やけに視界がはっきりしていて、耳もクリアだ。


樹々の隙間から太陽の光が差し込んで、幹に絡みつくツタの葉の緑色が目に映る。

時々、フルートみたいな澄んだ鳴き声が空から降ってくる。

湿地は水鏡になっていて、さかさまの世界には深く、果てしない空。

そのさかさまの空をオレンジ色の鮮やかな鳥が悠々と横切っていった。


とても……キレイな場所。

神聖、っていうのかな、そういう清々しさが漂っている。


でもそれは、人の立ち入りを歓迎しないって意味でもあるのかもしれない。

自然の美しさと、あたしたちのあいだに線引きがされてる感じがする。

だってここはこんなにも美しいのに、あたしたちはやせ細って泥まみれで死んでいく。

同じ地を這う生き物でいったってカエルやトカゲのほうが、ずっとキレイだ。


あたしたちがこうして潜んでいるせいで爆弾が落ちてきたりするから、森が怒っているのかも。


そんな、人間がいちゃいけない場所に。

どうしてあたしたちはいるんだろう。


向井さんが死んでしまったときも、こんなとこで戦争やってるせいだって憤ったけど、じゃあそもそも戦争ってどうして起こるの?

資源が、領土が、って言うけど欲張らなきゃいいだけじゃないの?


国同士のケンカなんて規模が大きすぎてピンとこないあたしには、考えてもわからないことだった。

だけど、目の前で理不尽に死んでいく人たちがたくさんいるのは、紛れもない事実。

争いを防げたなら、失わなくてよかった命だ。



ごめんね、山根さん。

あたしだけの力じゃ、山根さんが休めるだけの穴を掘ってあげられないや。

それに形見になるものも、たくさんは持てないから,ボタンだけちょうだいね。


……っていったって、あたしだってきっと何日かしたら死ぬんだろう。

死んだと思ったら元の時代に戻れた!って、マンガやドラマみたいなことが起これば別だけど、持って帰れるかは怪しいし。



山根さんの軍服からボタンを引きちぎった。

胸ポケットにしまおうとしたら、中になにか入ってるようで指が当たる。


「あ…」


昇さんのフィルムだ。

返しそびれてハーフパンツのポケットに入れてたのを、いつだったか軍服に入れ替えてたんだっけ。

すっかり忘れてた。


「これも…あたしがここで死んだら、せっかく撮ったのに無駄になっちゃうね……」


こんなふうに離れちゃう前に、ちゃんと返しておけばよかった。

そう思うのに、昇さんと一緒にいた証みたいに感じて、胸が熱くなった。


昇さんに、会いたいよ……