虚ろな向井さんの目は、ただ一点をぼんやりと見つめていた。

死んじゃダメ、だめだよ、と励ましたい自分と、お疲れ、もう安らかに、って思う自分がいる。

過ごした時間は短かったから、悲しいというのはちょっと違う気がする。


この感情は、なんだろう。

…向井さんは、なんで死んだんだろう。

川で冷えて?

お腹を壊して?

おかしくない?


体が冷えたら、あっためればいいんだよ。

暖房付けて毛布たくさんかけて、あったかい飲み物飲んで…

てかお腹壊すってなに?

薬は?

なんであたしたちは湖の得体の知れない魚なんか夢中になって食べてたの?

そもそもなんでこんなジャングルの中歩いてんの?


「おかしいよ!」


こんなの、絶対おかしい!

こんなところで戦争なんかやってるから、あたしたちはこんな目に遭ってて、向井さんも死んでしまいそうになってるんだよ。


「こんなの、戦争なんて間違ってるよ!やーめた!ってみんなでボイコットしちゃえばいいのに!もう、やめて病院行こうよ、ねぇ、向井さん、ね?」
「……もう死んでるよ」
「え…」


気付いたら向井さんはもう、硬くなり始めていた。

瞼を閉じる力もなく、静かに、いつの間にか。


「なん、で…ねえなんで向井さん死んじゃったの?どうして…っ?」
「弥生ぢゃん、落ち着いで」
「だって…っ、生きたいって、生きたいって言ってた!なのになんで……っ!」
「やめろ弥生」
「だって……こんなの……こんなのって……悔しくないの……っ?」


この感情は、悔しさだ。

それから、憤り、ってやつだ。

昇さんたちに言ったって、ただの八つ当たりなのはわかってる。

でも止まらなかった。


きっとこの時代の人はこれが当たり前だと思ってて、あたしの言うことなんかただの甘えだとか言われるのかもしれない。

だけど言うのを止められなかった。


「戦争なんて、勝ったって負けたって、何千何万って死んじゃうのに、そうまでしてなんで領土取り合ったりするの?別にこんななんもない島なんかいらなくない?」

「本土には資源がないからで、それと本土に攻め込まれないためにもこの海域を…」

「資源なんか別にいんないよ!ガソリンがなくったって、電気で車が走って磁石で電車が走るようになるんだよ!アメリカとだって仲良くやってるし土地がなくったって東京のビルの中で畑やって屋上でハチミツ採ってんだよ!だから戦争なんて無駄なん――」


バシンっ!


「それ以上言うな。俺たちは無駄なことなどしていない。…この戦争が無駄なら、これまでに流れた血も無駄だったということになる。向井もだ」

「あ…………」
「俺らは…もう後に退げねえんだよ、弥生ぢゃん」


痛いのは、昇さんに叩かれた頬じゃない。

心が、痛くて。

苦しくて。

あたしが叩かれたからじゃない。

叩いた昇さんの手の痛み…ううん、心の痛みを感じてしまったから。


みんなの表情が、苦しそうで。

彼らが当たり前に戦争してるなんて、どうして思ってたんだろう。



「ご、めんなさ……」



一言、口にするだけで精いっぱいだった。