「男親のいない家は、長男は残すって話を聞いたんす。だけど戦争が始まった時、俺はまだ兵役の年齢じゃなかったから、兄貴が徴兵されてしまうんじゃないかって、それで」
「お兄さんのため…」
「なのに啖呵切って家出同然で志願したのに、俺はどうも変わったものに腹がついていかないようで度々下すもんだから、実戦向きじゃないとなってしまったんす」
「そっか。それで本当のことが言えなくて、操縦士になったって」
「俺、そんなことまで言ってたんすか。参ったなぁ、こんなにベラベラ弱音ばっかで、男のくせに情けねぇっすね。女は認めないなんてどのツラでいうんだか」
笑ったような、泣いたような顔。
この時代の男の人たちは、女の前で泣くなんて恥だと思ってるんだよね。
でも、あたしは令和の女だ。
「情けなくないよ!普通だよ!」
「弥生ちゃ……」
「あたしのいた令和って時代はね、男だって泣くし弱音吐くし! 男女平等っていってね、仕事も大学も、男女一緒だよ。男だけ強くなきゃいけないなんて時代遅れなんだよ」
「す、ごい時代すね…」
「この戦争が終わったら、そういう時代がやってくるの。男も泣いてよくて、天皇陛下のおんため、なんてもう誰も言わないの! それこそ天皇陛下がもう疲れたから天皇やめるね、って言っていい時代なんだよ! 長男だからとか次男だからもなくて、みんな自分の思ったこと言って良くって、辛かったら辞めてよくて、好きなことしていいんだよ!」
あたしは…もっとマシなことを言ってあげたかったけど、なんだか上手く励ませた気がしなかった。
だけど向井さんは体中の水分を涙にしちゃったんじゃないかってくらいにカラカラに乾いた頬を涙で濡らして、
「そっか…ぁ。未来は、いいなぁ…思ったこと、言っていいのかぁ…」
そう、笑ってくれた。
「そうだよ! だから生きよう! 生きて、帰って、戦争が終わった後の日本を見ようよ!」
「あぁ…、そうだなぁ…生きたいなぁ。死にたく、ないなぁ…」
「向井さん…っ」
「生きて、母ちゃんに謝りたいなぁ…本当の事、話したいなぁ…」
「話そう!お母さんも待ってるよ!お兄さんも、妹さんも!」
なのに、向井さんの瞼はどんどん下がってきて。
ろれつも、だんだんおかしくなってきてる。
「ダメだよ!明日、一緒に歩くんだよ!向井さん!」
「なぁ弥生…ちゃん、頼みがあるん、ら…」
「え?何?」
「もし未来に戻ったら…俺の家族が生きてたら…ごめんって伝えてほしい…んら」
「何言ってんの?自分で謝んなよ!それにお母さん、なんでもお見通しなんでしょ?きっとお兄さんの為に志願兵になったことだって、お見通しだよ!」
「そ、っかぁ…そう、らなぁ…………」
向井さんの目は、もうどこも見てない感じだった。
蚊の鳴くようなか細い、枯れた声もそこで途切れた。
「向井さん!?ちょっと、死んじゃだめだよ!昇さん、みんな、起きて!向井さんが…っ!」
あたしは慌ててみんなを呼び起こした。
「逝かせてやってぐれ、最期が弥生ぢゃんの膝の上なんて、幸せすぎるじゃねえが」
「でも、でも…」
「魚たらふく食って女の膝で死ねるなんて、ここじゃ考えられないもんなぁ」
「上が聞いたら何と言うかな」
「構うこたぁねぇよ。死に方を選べるんなら俺は敵もろとも!それがだめなら腹上死って決めてんだ。マラリアやら飢え死になんて御免だぜ」
「はは、山根らしいな」
「向井ぃ、先行っで待っでろよ……」
勇ましいことを言った山根さんが、こっちをちらりと見て呟いた。
「認めねえななんて言ってよ、悪かった。向井の事、ありがとな」
「い、いえ! あたし、頑張ってついて行くので!」
向井さんの消えそうな命が、あたしと山根さんを繋げてくれたような気がした。
「お兄さんのため…」
「なのに啖呵切って家出同然で志願したのに、俺はどうも変わったものに腹がついていかないようで度々下すもんだから、実戦向きじゃないとなってしまったんす」
「そっか。それで本当のことが言えなくて、操縦士になったって」
「俺、そんなことまで言ってたんすか。参ったなぁ、こんなにベラベラ弱音ばっかで、男のくせに情けねぇっすね。女は認めないなんてどのツラでいうんだか」
笑ったような、泣いたような顔。
この時代の男の人たちは、女の前で泣くなんて恥だと思ってるんだよね。
でも、あたしは令和の女だ。
「情けなくないよ!普通だよ!」
「弥生ちゃ……」
「あたしのいた令和って時代はね、男だって泣くし弱音吐くし! 男女平等っていってね、仕事も大学も、男女一緒だよ。男だけ強くなきゃいけないなんて時代遅れなんだよ」
「す、ごい時代すね…」
「この戦争が終わったら、そういう時代がやってくるの。男も泣いてよくて、天皇陛下のおんため、なんてもう誰も言わないの! それこそ天皇陛下がもう疲れたから天皇やめるね、って言っていい時代なんだよ! 長男だからとか次男だからもなくて、みんな自分の思ったこと言って良くって、辛かったら辞めてよくて、好きなことしていいんだよ!」
あたしは…もっとマシなことを言ってあげたかったけど、なんだか上手く励ませた気がしなかった。
だけど向井さんは体中の水分を涙にしちゃったんじゃないかってくらいにカラカラに乾いた頬を涙で濡らして、
「そっか…ぁ。未来は、いいなぁ…思ったこと、言っていいのかぁ…」
そう、笑ってくれた。
「そうだよ! だから生きよう! 生きて、帰って、戦争が終わった後の日本を見ようよ!」
「あぁ…、そうだなぁ…生きたいなぁ。死にたく、ないなぁ…」
「向井さん…っ」
「生きて、母ちゃんに謝りたいなぁ…本当の事、話したいなぁ…」
「話そう!お母さんも待ってるよ!お兄さんも、妹さんも!」
なのに、向井さんの瞼はどんどん下がってきて。
ろれつも、だんだんおかしくなってきてる。
「ダメだよ!明日、一緒に歩くんだよ!向井さん!」
「なぁ弥生…ちゃん、頼みがあるん、ら…」
「え?何?」
「もし未来に戻ったら…俺の家族が生きてたら…ごめんって伝えてほしい…んら」
「何言ってんの?自分で謝んなよ!それにお母さん、なんでもお見通しなんでしょ?きっとお兄さんの為に志願兵になったことだって、お見通しだよ!」
「そ、っかぁ…そう、らなぁ…………」
向井さんの目は、もうどこも見てない感じだった。
蚊の鳴くようなか細い、枯れた声もそこで途切れた。
「向井さん!?ちょっと、死んじゃだめだよ!昇さん、みんな、起きて!向井さんが…っ!」
あたしは慌ててみんなを呼び起こした。
「逝かせてやってぐれ、最期が弥生ぢゃんの膝の上なんて、幸せすぎるじゃねえが」
「でも、でも…」
「魚たらふく食って女の膝で死ねるなんて、ここじゃ考えられないもんなぁ」
「上が聞いたら何と言うかな」
「構うこたぁねぇよ。死に方を選べるんなら俺は敵もろとも!それがだめなら腹上死って決めてんだ。マラリアやら飢え死になんて御免だぜ」
「はは、山根らしいな」
「向井ぃ、先行っで待っでろよ……」
勇ましいことを言った山根さんが、こっちをちらりと見て呟いた。
「認めねえななんて言ってよ、悪かった。向井の事、ありがとな」
「い、いえ! あたし、頑張ってついて行くので!」
向井さんの消えそうな命が、あたしと山根さんを繋げてくれたような気がした。