付近を探索に行った昇さんが、北側にセンタニ湖があるのを確認して戻ってきた。

目指すゲニムは、ホルランジヤから湖を通り過ぎて西の方角にある。

あたしたちはだいぶ流されて逆の方向に来てしまっているみたい。


地図も何もかも背嚢ごと筏に乗って行ってしまったから、ここからはみんなの頭の中にある地図を頼りに進むことになった。

命からがらのあたしたちに残されたのは、頭に乗せた軍服や刀と、それを包んでいた携帯天幕、ロープ、それから昇さんのカメラ。

それにあたしの電波もGPSも使えないスマホ。

地図にもならないし、わかるのは日時と気温くらいだけど、ないよりはマシ。

はあ、明日からどうやって生きていけばいいんだろう…


山根さんはだんだん血色を取り戻してきて、良く眠ってる。

だけど…


向井さんが衰弱しきっていた。


「なあ、向井。お前に言わなきゃならないことがある」


向井さんの頭のそばに座った昇さんが、蒼い顔で重苦しく口を開いた。


「…わか、ってます…よ。そ、んな顔…しないでくだ…い」
「明朝、一緒に発てなければ、俺たちは先に行く。お前は…体調が戻り次第、後から来い」
「昇さん、そんなの無理でしょ!ひとりじゃ食べるものだって…っ」
「弥生ぢゃん」


向井さんを置いて行くなんて、そんなの絶対ダメ!

ひとりきりで回復なんて出来っこないよ。

だけど食い下がるあたしを阿久津さんが遮った。

その目は、とても悲しそうで、悔しそうで。

昇さんの蒼白で悲痛な顔を見て気付くべきだった。


みんな、わかってるんだ。

置いて行ったらどうなるかなんてこと。

……向井さんも。


今のあたしたちは、さながら群れからはぐれた野生動物で。

食べなきゃ死ぬ、群れに追いつけなければ死ぬ、そんな状態。

だから歩き続けなきゃいけない。

食うか食われるかの世界で、歩けなくなった者はもう、そこでおしまいなんだ…


あたしなんかよりよっぽど付き合いが長くて、この戦争を生き抜いてきた絆で繋がってる昇さんや阿久津さんが、どんな気持ちでこのことを向井さんに告げているのかを思ったら、意見した自分の浅はかさが恥ずかしくて、腹が立った。


なんとかして出発までに歩けるように……

そんなことを考えてはみても、薬どころか体力を回復させる食べ物もない。


どうしたら…


「ああ、母ちゃん…なんかあったんけ?そんな浮かない顔して」
「え?」


向井さんが、あたしを見て急にハッキリと話しだした。

弱弱しくはあるけど、さっきまでみたいな途切れ途切れじゃない声で。


「頼む。側にいてやってくれないか」
「え?あたし?」
「弥生ぢゃん、おっ母に見えでんだ。…頼むな」


ふたりが、天幕を巻いて眠ってしまった。

毛布がないから、今夜からあたしたちは天幕を寝袋にして寝るのだ。


先に休んだ山根さんのイビキと虫の鳴き声が大きくて、向井さんの声が聞き取りづらい。


もっと近くに、と、向井さんの背中に手を差し込んで頭を自分の膝に乗せる。

軽い…

男の人って、たぶんもっと重いよね。

やせ細ってこけた顔の向井さんが、あたしの膝の上で安心したように笑った。


嫌われていてもいい。
今だけは、こうして安心して休んで欲しい。