140度の彼方で、きみとあの日 見上げた星空

「山根えっ!」
「山根さん!」


流されてしまうかと思った山根さんが、ロープをたぐって筏のそばで顔を出した。

良かった…っ!

だけど、筏に腕を伸ばしてもたれかかったまま、動かない。

自力で泳ぐだけの力は出ないってこと?

昇さんも阿久津さんも、あたしや向井さんを背負ってる…

どうしよう!

こうしている間にも、筏はどんどん流されていく。


「山根っ!」


阿久津さんが流れに乗って筏に向かった。

昇さんがその背中に叫んだ。


「阿久津!頼む!俺は岸につき次第、川下に向かう!」


阿久津さんからの返事はなかった。

だけど出来ることは限られてる。

阿久津さんが追い付けなかったら、昇さんが陸から追いかけて筏を捕まえる。

それもできなかったら…

ううん!

今はそんなこと考えない!

陸まであと2mくらい。

くっ、と唇を噛みしめる。

怖い、怖いけど…っ!


「昇さん、降ろして!あたし泳ぐ!」
「無理だ!お前まで流されるぞ」
「そしたらツタでも投げて!」
「……1mだ…そこまで連れてく」
「わかった」


川岸に茂る細い枝が掴めそうな距離まできて、あたしは昇さんの背中を離れた。

体が濁流に押し流される。

途端に視界が狭くなって、胸が苦しくなるような不安が襲ってきた。

体が強張りかける感覚…

だめ!びびってる場合じゃない!

泳げ!泳げあたし!


服に水が纏わりついて、上手く泳げない。

それに抵抗して力を込めると、余計にマズくなる。


焦らない、焦らない。

流れに逆らわない、だんだん岸に近づけばいい。

水を飲んだりしないように、落ち着いて。


視線の先に、岸に上がった昇さんが見えた。

褌姿のまま川岸を走っていく。

山根さんを助けに行くんだね、頑張って!

心の中で背中にエールを送ったら、昇さんが振り向いた。


「手ぇ出せ!」


え? あたし?

岸に着けそうで着けないあたしを引き上げるため、少し先まで走ってくれていたんだ。

だけど、泳いでいる姿勢で手を伸ばすのは思ったより難しくて、水から手を出すと沈みそうになる。

頑張ってみても岸までは伸ばせなかった。


「先、行って!大、丈夫だからっ!」
「……っ!…………生きろよ!山根を引き上げたら戻るからな!」


しばらくあたしと並走していた昇さんも、自力で岸に近づいているあたしを見て、やっと前を向いて行ってくれた。

あたしが岸に着けたのは、その少し後。


必死に泳いだせいで手足が重くて思うように走れない。

けど、ここを下って行けばみんなに会える。

その気持ちだけで、足を前に出す。

どれくらい歩いたか、昇さんが走ってくる姿が見えた。


山根さんは?

どうか無事でいて…!