「山根えっ!」
「山根さん!」


流されてしまうかと思った山根さんが、ロープをたぐって筏のそばで顔を出した。

良かった…っ!

だけど、筏に腕を伸ばしてもたれかかったまま、動かない。

自力で泳ぐだけの力は出ないってこと?

昇さんも阿久津さんも、あたしや向井さんを背負ってる…

どうしよう!

こうしている間にも、筏はどんどん流されていく。


「山根っ!」


阿久津さんが流れに乗って筏に向かった。

昇さんがその背中に叫んだ。


「阿久津!頼む!俺は岸につき次第、川下に向かう!」


阿久津さんからの返事はなかった。

だけど出来ることは限られてる。

阿久津さんが追い付けなかったら、昇さんが陸から追いかけて筏を捕まえる。

それもできなかったら…

ううん!

今はそんなこと考えない!

陸まであと2mくらい。

くっ、と唇を噛みしめる。

怖い、怖いけど…っ!


「昇さん、降ろして!あたし泳ぐ!」
「無理だ!お前まで流されるぞ」
「そしたらツタでも投げて!」
「……1mだ…そこまで連れてく」
「わかった」


川岸に茂る細い枝が掴めそうな距離まできて、あたしは昇さんの背中を離れた。

体が濁流に押し流される。

途端に視界が狭くなって、胸が苦しくなるような不安が襲ってきた。

体が強張りかける感覚…

だめ!びびってる場合じゃない!

泳げ!泳げあたし!


服に水が纏わりついて、上手く泳げない。

それに抵抗して力を込めると、余計にマズくなる。


焦らない、焦らない。

流れに逆らわない、だんだん岸に近づけばいい。

水を飲んだりしないように、落ち着いて。


視線の先に、岸に上がった昇さんが見えた。

褌姿のまま川岸を走っていく。

山根さんを助けに行くんだね、頑張って!

心の中で背中にエールを送ったら、昇さんが振り向いた。


「手ぇ出せ!」


え? あたし?

岸に着けそうで着けないあたしを引き上げるため、少し先まで走ってくれていたんだ。

だけど、泳いでいる姿勢で手を伸ばすのは思ったより難しくて、水から手を出すと沈みそうになる。

頑張ってみても岸までは伸ばせなかった。


「先、行って!大、丈夫だからっ!」
「……っ!…………生きろよ!山根を引き上げたら戻るからな!」


しばらくあたしと並走していた昇さんも、自力で岸に近づいているあたしを見て、やっと前を向いて行ってくれた。

あたしが岸に着けたのは、その少し後。


必死に泳いだせいで手足が重くて思うように走れない。

けど、ここを下って行けばみんなに会える。

その気持ちだけで、足を前に出す。

どれくらい歩いたか、昇さんが走ってくる姿が見えた。


山根さんは?

どうか無事でいて…!