全員が調子を取り戻したあとも、向井さんはまだ微妙な顔をしていた。


「相変わらずお前は腹が弱えなぁ、向井」
「山根さんたちが丈夫過ぎるんすよ」
「まあ、一番食ったがらじゃねえか?わはは」


それでもあたしたちはゲニムを目指して足を進め続ける。

不調といえば、昨日から雨が降り続いていて、あたしは風邪をひいてしまった。

歩けないほどじゃないけど、熱は少しあるっぽい。


「生男、しんどそうだな。大事けぇ?」
「はい、大丈夫であります、阿久津上等兵殿!お気遣い感謝します!」
「おいおい、兵長殿を昇さん呼ばわりしといて俺を上等兵殿はねぇわ。こっぱずかしい」
「は、はぁ…」
「まさかマラリアじゃねえといいなぁ」
「山根、滅多なこと言うな」
「へーい」


阿久津さんは声が大きくて豪快。
体も大きくて毛むくじゃらで、元の時代だったらちょっと怖くて近寄りがたいタイプ。
だけど気さくで明るくて、年下で格下のあたしにもすごく優しい。
面倒見がいい、体育会系の先輩って感じ。

山根さんはクールで、向井さんは食いしん坊でかわいい感じ。


「阿久津は熊みてえだからな」
「なんだと山根ぇ、もっぺん言っでみろ!」
「ははは、間違いないな」
「松田まで言うが!わはは。しっかし、こう雨が続がれちゃ敵さんも飛べねえが俺らも歩げねえな」
「まったくだ」


軍隊って、下っ端がタメ語なんか絶対許されないようなイメージがあったけど、この人たちはそうじゃないみたい。

それに、昇さんが兵長だったなんて知らなかった。

その昇さんのことも、みんな呼び捨てなんだから、すごく仲がいいんだなって思う。

ふたりで歩いてたときより、昇さんの笑顔が増えた。

こんなふうにいつも冗談を言いあって、歌を歌ったりしてる。

日中は敵がいるかもしれないから大きな声は出せないけど、それでもこうして笑っていれば目先の空腹も先行きの不安も、ずいぶん和らぐ。

なんかいいなぁって、思う。


ちょっと困ることといえば、やっぱりあたしが女だってバレないようにすること。

虫が嫌でも昇さんに乗せてもらって寝るわけにはいかなくなったり。

けど、もう虫が顔を這ってもわからないくらい爆睡だから、平気。

でも、それくらい毎日へとへとってことで。

今日も本当はそろそろきっつい。

だけど昇さんと2人だった時みたいには休めない。

昇さんも気にかけてはくれてるけど、あたし都合で休憩を挟みすぎると、男じゃないことがバレてしまうかもしれないから。

とりあえず、今は向井さんを気遣う感じで少しペースダウン気味みたいだけど…


「お、少し予定より早いが、窟がある。今夜はここで休もうか」
「んだな、そうすんべ」
「窟はありがてえなぁ」
「すまねえっす」


洞窟なら、お米が炊けるかな…