湖岸で服や靴についた泥を濯いでいたら、太陽を何かが遮るみたいに大きな影が通りすぎた。


「まずい!」
「あっ」


敵機だ。

あたしたちは降ろしていた荷を両手に持って、樹の方へと駆け込んだ。

心臓がバクバクいってる。

こんなに近くを敵機が通ったのは、昇さんと会ったとき以来だった。

やっぱり見通しの良い場所は、危険なんだ。

鳥たちがけたたましい鳴き声と羽音を立てて一斉に飛び立った。

何機もの戦闘機が、あたしたちの逃げ込んだジャングルに銃を向けて乱射してくる。

残されたあたしたちは嵐のような銃撃のすぐ側を、地を這うように逃げ惑うしかなかった。


ラッキーなことに、ガジュマルの根っこの下が大きく空いているのを見つけて、あたしたちはそこに逃げ込んだ。


「はぁ、はぁ」
「あ!あたし、カニ!飯盒の蓋!」
「…ああ、そんなの、生きてりゃなんとかなるさ。気にするな」
「……ごめんなさい」


慌てて逃げたせいで、あたしはせっかくの獲物を大切な飯盒の蓋ごと置いてきてしまったのだ。

気にするな、って言われたって、気にするよ…


暫くして、銃声は止んだように思えた。

と、そのすぐ後でまた数機が飛んでくる音がして、あたしたちは小さく丸まって身構えた。

だけど銃声はなく、かわりに大きな『ドーン!!』という音と、それと同時に『ドボーン!!』という水音が重たく響いた。


「爆弾!?」
「そのようだ。ひとつは湖に落ちたな」
「まだくる?」
「さあな。だけど様子をみて湖に戻ろう」
「え?いくら蓋取りにいくにしても危ないよ」
「このままじゃ撃たれて死ぬ前に飢えて死ぬ。爆弾が落ちると魚がたくさん浮かんでくるんだ」


言ってることは正しいのかもだけど、そんなの本当に本当の命がけだよ?

そうまでして食糧を確保しなきゃ生きていけないなんて…

今までだって命がけ、は何度もあった。

だけど実際に見つかってターゲットにされたのは、たぶん2度目で。

1度目は昇さんと会ったあのときで、まだ状況が把握できてなくてどこか現実感なかったんだなって思う。

だから実はさっきまでは、こんな状況でもまだ気持ちに余裕があったんだ。

覚悟を決めた、なんていっても心のどこかで大丈夫って根拠もなくタカを括ってたというか。


だけど実際に攻撃されてみてわかった。

これが、紛れもなく戦争だってこと。

そして、あたしにとって逃れようのない現実だってこと。


とにかく。

ヤコンデにつけば補給もできて一安心と考えてた昨日までと、それが断たれた今日では、状況や認識が変わってしまったのを感じた。

最初から元いた時代とは比べ物にならない原始時代みたいな生活だったけど、数日を乗り切れば軍に頼れるからなんとかなる、なんて甘い考えがどこかにあったんだ。

次の合流地点ゲニムにだって、間に合うかわからない。

だからあたしたちは、もうすべてを自分たちでなんとかするしかない。


昔…

テレビで見た野生動物の特集を急に思い出した。

野生動物は、次の瞬間に食われるとしても餌を探すことを止めない、って。

同じだ。

今のあたしたちと、同じ。

あたしたちも、次の瞬間に撃たれて死ぬとしても、食べなきゃそれも死なんだ。

だから、食べ物を探すことを止められない。


「ここで待ってるか」
「ううん。また襲撃とかあってはぐれでもしたら、それこそ生きていけないから、行く」
「よし、それでこそ生男だ」
「うん」


荷を整え終わった昇さんに続いて、根をくぐった。

空は、怖いくらいに静かだった。