食べるものがなくて早々に眠ったせいか、それとも空腹のせいか、ううん、その両方かもしれない。

あたしはまだ夜が明ける前に目を覚ましてしまった。

辺りは真っ暗で、だけど星明りがほんのり空から照らしていて、次第に目も利くようになってくる。

テントを出て、少しだけ歩いてみた。

カエルの合唱と虫の声が響いてて、あたしが歩くと急にそこだけ静かになる。

虫もカエルも、あたしがいた時代と同じだ。

日本を遠く離れた場所でも、過去でも。

なのに、あたしだけが切り離された。


「っ……っく……」


軍服の件以来、もう昇さんの前で泣くのはよそうって、気を張ってたあたしだけど。

独りになった途端、生男から弥生に戻ってしまった。

もうどうしようもなく、感情がこみ上げてしゃがみこむ。


「ふう…っく、っく……」


帰りたい。

戦争のない時代に。

なんでもあるのが当たり前の時代に。

みんなに、会いたい。


昇さん、ごめんね。

やっぱりここは辛いよ。

映画や小説の主人公みたいに、昇さんを好きって気持ちがあれば何でも乗り越えられるって思ってたけど、あたしには無理かも。

頑張れる、やっぱりダメ、でも頑張る、だけど辛い。

その繰り返しで気持ちが揺れまくる。

もっと強くなりたいのに…


「こんなところにいたのか」
「昇さん…」


後ろから声を掛けられて、あたしは急いで涙を拭う。

暗いから、きっとバレないよね。

しゃくりあげる呼吸を、必死になだめる。


「……泣いてたのか」
「泣いてなんっ、か」
「ほら、やっぱり泣いてた」


強がりを言ってみたけど、思いっきりしゃくりあげてしまった。


そしたら。


ポンポン。


昇さんの手が、あたしの頭を優しく叩いた。

手、おっきい…

その手のぬくもりに、また涙が溢れだす。


え…

えっと…

これってどういう…?


隣に座った昇さんが、あたしの頭に乗せた手をぐっと自分の方に引き寄せた。

あたし、今、昇さんの肩にもたれかかってる……


揺れ揺れの感情がまとまらないままそんなことをされて、固まるあたしに昇さんが呟くように言った。


「辛いよな、こんな生活」
「……」
「戻りたいよな、元の時代…」
「……」
「大事なやつがいるんだよな……」


どきり。

「大事なやつ」って…

好きな人がいるってこと?

あたしに?

いないよ!…じゃない。

いるけど、それは昇さんで!


こんな恋人みたいな状況のせいで、テンパって喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


ちょっと待って。

落ち着こう、あたし。


もしそこを昇さんが気にしてるとしたら、それはヤキモチみたいな感じで、つまりは昇さんもあたしを好きってことで…


それはない!

力強く否定できるのが悲しいけど、絶対ない。

断言できるよ。

だってあたし足手まといもいいとこだもん。


見た目だって女の子らしいメイクとかできないし、それどころか坊主だし、何日もお風呂入ってないし、好きになる要素ゼロ。


だからきっと昇さんの言う「大事なやつ」は、たぶん家族とか友達の事だよね。

あたしの感覚だと「やつ=男」って感じだけど、言葉遣いも物の名前も少し違う昭和19年の感覚では、きっともっと広い範囲を指してるんだと思う。

うん、きっとそう。


この、肩に頭を寄せてるのだって、きっと照子さんとか、そういう妹分みたいな感覚に違いない。


だからここは素直にこの優しさに甘えよう。


そう思って。

あたしはコクリと頷いた。