「食うか?」
「え?あるの?食べ物!」
「いや、あまり勧められたもんじゃないが、食おうと思えば生でも食えるから」


そう言って昇さんがポリポリとお米を生で食べ始めた。

お米、生で食べたらお腹壊すって言われたことあるけど…

昇さんが食べてるのを見ていたら、お腹がきゅーきゅー鳴りだした。


「ちょっとだけ、食べてみる」
「おう。無理すんなよ」


手のひらに、小さな米粒。

口に入れて、奥歯で噛んでみる。


固っ…!

だけど、ここは世界一堅い煎餅だと思って、必死に噛み砕く。

口の中、わずかだけど甘みを感じる。

乾パンもそうだけど、よく噛めばこうして甘みが出てくるの。

いままであたし、小麦とかお米の甘みなんて、気にしたこともなかった。

おかずがある前提で、ご飯は味がないもの、みたいな。

それに…

お米は炊けてるのが当たり前で、家では全部お母さんがしてるし、炊飯器のスイッチ押せば食べられるものだと思ってた。

だけどここでは違う。


火が点かなきゃ炊けないとか、お米を洗う水もないとか、そんなところからもう違う。

当たり前だと思ってたものが、ぜんぜん当たり前じゃなかった。

生き物を殺さなきゃお肉は食べられないとか、煮沸したりしなきゃお水も飲めないとか、そんな当たり前のことも気にしないで、自分がそれをしないで生きてこられたのは、あたしじゃない誰かがそれを代わりにしてくれてるからなんだよね。

ネットがあれば何でも買えるとか、そんなふうに何不自由なく暮らしていられたことのありがたみが、今ならわかる。


ようやくテント張りくらいは出来るようになったけど、便利な生活から放り出されたあたしはあまりにも無知で、無力で、昇さんがいなかったらもうとっくに死んでいたと思う。


「明日は晴れるといいね」
「そうだな」


ポリポリとお米を噛む音と、虫の声が、こだまする夜。

見上げたら、生い茂る大きな樹々のすきまに瞬く星が見えた。