それから丸4日かけて、あたしたちは昇さんが言っていた湖の西端、ヤコンデまで辿り着いた。

毎日の敵襲、膝まで浸かる河、突然降った雨に湿ったジャングルで火がおこせない夜、先を歩いた人の息絶えた姿を嫌というほどに超えて、やっと。

だけど、見回しても人の気配はなくて、いくつかのグループが暫く留まっていたらしき跡だけがあった。


「ああ…、どうやら先に進んだようだ」
「ごめん…あたしのせいだよね」
「いや、お前はよく頑張ってるよ」


木の枝にメッセージが書かれた紙が刺さってる。

『山路ゲニム向カウ 至急追及セヨ』


「追及って?ゲニムって?」
「追及は追いつけよってことさ。ゲニムは転進中の部隊が一度そこで集合することになってるんだ。その後、更に西へと進んでサルミというところまで行くのが今回の命令なんだよ」
「遠い…?」
「遠いな。サルミまでは300㎞くらいある」
「ええ!そんなに?えっと、うちのあたりから東京までだいたい150㎞だから…軽く往復分!?徒歩で!?」
「ははは。だけどサルミに行けば食糧も潤沢に備わっているというぞ」
「食…」
「それにゲニムまでなら2、30㎞だ。頑張れよ」


もう、あんまり食べるものもないんだよね。

あたしが女だってバレないか心配だけど、早く軍の人たちと合流して補給したい…


「明日の早朝、湖岸で食べられそうなものを探してから出発しよう」
「…うん」
「銃でもあればあの鳥を落とせるかもしれんのにな」
「え…殺しちゃうの?可哀そうだよ」
「ハンバーグも牛を殺して食うんだろ」
「…そう、だけど……」


冗談交じりに、昇さんが言った。

あたしはまだ、自分が暮らしてた生活を基準に考えてるなって、こういうとき思う。

昇さんは、昭和19年だからそうなのか、軍人さんだからなのか、それともこの状況だからなのか、いろんなことにすごくシビアで。

それが生きるためなのは頭では理解してるつもりだけど、どうしても気持ちがついてこない。


夕日が沈んで少しずつ暗くなり始めたジャングルに天幕を張るのは、いまはあたしの仕事だ。

人間、やればできるもんだな、と思った。

テントなんて張ったことなかったけど、3日でだいぶ手際も良くなってきた。

その間に昇さんが火をおこすの。

だけど今日もスコールのせいでジメジメしていて、上手くいかないみたい。

昨日もダメだった。


雨が降れば汗は流せるし喉を潤すこともできる。

とはいっても服が乾かないと体が冷えてくるし、今みたいに火がつかなくてご飯が炊けない。

やっぱり雨は困りものだよ。


乾パンは昨日までで終わってしまった。

缶詰もない。

つまり、今日はご飯を炊けなければ食事抜きってことだ。


今までのあたしなら、一晩くらい夕食抜きでも別に構わないとか言ってたと思う。

でも、毎食が乾パン3個とか、そんな極端なダイエットみたいな状態。


木の根っこ近くに生えてるキノコが美味しそうにみえるくらい、ずっとお腹が空いてる。

だから1食抜きなんて、ちょっと考えたくない事態。


昇さん、頑張って!


「くそっ、今日もダメか…」


昇さんが、がっくりと肩を落とす。

はぁー、ご飯抜きだ…