降りしきる雨が腐敗の臭いを軽くしてくれている。
軍人さんの服も、軒から落ちる雨で洗うことができた。
「雨でよかったな」
「うん。でもこないだは晴れで良かったって言ってなかった?」
「晴れも雨も善し悪しあるさ。これだけまとまって降っている間は敵も飛んで来ないし、こうして洗濯ができるんだ。今日は雨がいい。お前は運がいいぞ」
「運が良かったらタイムスリップなんかしないよ」
「それもそうだな、ははは」
あたしがぷうと膨れてみせたら、昇さんも声を出して笑った。
昇さんが笑うと、名前の通りおひさまが昇ったみたいに気持ちが晴れになる。
こんなところにタイムスリップしたのは運が悪いのかもしれない。
だけど、ここじゃなきゃ、昇さんには逢えなかったかもしれないんだから、あたしはきっと運がいいんだ。
もう、昇さんじゃない人と出会って、なんて思わない。
あたしは、この時代の、この場所で、昇さんと生きる。
「さて、やるか」
「なにを?」
「仏さんを埋めてやらんと」
「あ、あたしもやる」
雨の中、あたしたちは上屋の脇に穴を掘って、できるだけ丁寧に埋葬した。
「結局、名前はわからないままだね」
「そうだな…背嚢があれば記名のあるものが他にもあるんだけどな。もう持てなくてどこかに置いてきたか、先にここを通った者が持ち去ったか…」
「容赦ないね…。あたしたちが言えた義理じゃないけど」
「皆、生きるのに必死なだけさ。誰も悪くない」
「うん…」
衣服の記名は薄く擦れて読み取れなくて、彼の名前を呼ぶことはできなかった。
それでも、心からの哀悼の意と感謝を込めて、手を合わせた。
ハイノウ、は、話の前後からしてたぶんリュックのことだと思う。
中に身元の分かるものが入っていればなるべく本土に持ち帰りたかったとか、乾パンでも入っていればよかったのにと言っていたから。
あたしと食糧を分けて何日も過ごすのは、やっぱり避けたいんだろうな。
それはそうと…。
人が入るだけの大きさの穴を掘るのは本当に大変で、潮干狩り帰りのあたしはどうしても思い出してしまった。
貝を掘るのをあんなに大変だと思っていたのは、なんだったんだろうって。
潮干狩り…まだ昨日の朝のことなのに、すごく前のことみたいに感じる。
あたしの人生は、昨日を境に大きく変わってしまった。
お父さんお母さんに葉月、晶や玲奈、学校のみんなはどうしてるかな。
もう、会えないかな。
今頃みんなあたしを探してるかな…
そう思ったら、ズキンと胸が痛くなった。
だけどあたしは覚悟を決めたんだ。
だから今は目の前のことだけ考えよう。
改めて心の中でそう誓って、顔を上げた。
「きゃ…っ!」
「あ?」
「なんでっ、そんな恰好…っ」
「ああ、すまない。サッパリしたくてな」
びっくりしたぁ。
昇さんのほうを向いたら、上半身裸になって雨を浴びていた。
男子の上半身なんて別に見慣れてるけど、いきなりだったから。
それに…
すごく引き締まっていて、ホントに男らしいと思った。
学校の男子とは全然違う。
気持ちよさそうに両手でわしゃわしゃと頭をかき回してる腕が、肩が、まるで彫刻みたいに綺麗で。
目が、離せない…
「あー、何日ぶりだろう。やっぱり今日が雨で良かった。お前もどうだ?サッパリするぞ」
「え?無理!」
「ははは。頭だけでも洗っとけ」
「でも、髪乾かないし…」
「坊主頭が何を言ってる」
「あ、そうだった」
ぎゅうっと絞ったタンクトップを開いてパンパンと鳴らしながら水を切ると、昇さんはまだ濡れたままのそれを着て、手拭いで頭や顔を拭きながら空を仰いだ。
空が、さっきまでよりも一段明るくなっていた。
「そろそろ止むかな」
「止みそうだね」
「雨が上がったら、また森にに潜行するぞ」
「うん」
それを聞いて、あたしもまだ濡れたままの靴を履く。
大きいから、マリンシューズを履いたままでその上から。
少し重たいけど、格段に歩きやすそうだと思った。
軍人さんの服も、軒から落ちる雨で洗うことができた。
「雨でよかったな」
「うん。でもこないだは晴れで良かったって言ってなかった?」
「晴れも雨も善し悪しあるさ。これだけまとまって降っている間は敵も飛んで来ないし、こうして洗濯ができるんだ。今日は雨がいい。お前は運がいいぞ」
「運が良かったらタイムスリップなんかしないよ」
「それもそうだな、ははは」
あたしがぷうと膨れてみせたら、昇さんも声を出して笑った。
昇さんが笑うと、名前の通りおひさまが昇ったみたいに気持ちが晴れになる。
こんなところにタイムスリップしたのは運が悪いのかもしれない。
だけど、ここじゃなきゃ、昇さんには逢えなかったかもしれないんだから、あたしはきっと運がいいんだ。
もう、昇さんじゃない人と出会って、なんて思わない。
あたしは、この時代の、この場所で、昇さんと生きる。
「さて、やるか」
「なにを?」
「仏さんを埋めてやらんと」
「あ、あたしもやる」
雨の中、あたしたちは上屋の脇に穴を掘って、できるだけ丁寧に埋葬した。
「結局、名前はわからないままだね」
「そうだな…背嚢があれば記名のあるものが他にもあるんだけどな。もう持てなくてどこかに置いてきたか、先にここを通った者が持ち去ったか…」
「容赦ないね…。あたしたちが言えた義理じゃないけど」
「皆、生きるのに必死なだけさ。誰も悪くない」
「うん…」
衣服の記名は薄く擦れて読み取れなくて、彼の名前を呼ぶことはできなかった。
それでも、心からの哀悼の意と感謝を込めて、手を合わせた。
ハイノウ、は、話の前後からしてたぶんリュックのことだと思う。
中に身元の分かるものが入っていればなるべく本土に持ち帰りたかったとか、乾パンでも入っていればよかったのにと言っていたから。
あたしと食糧を分けて何日も過ごすのは、やっぱり避けたいんだろうな。
それはそうと…。
人が入るだけの大きさの穴を掘るのは本当に大変で、潮干狩り帰りのあたしはどうしても思い出してしまった。
貝を掘るのをあんなに大変だと思っていたのは、なんだったんだろうって。
潮干狩り…まだ昨日の朝のことなのに、すごく前のことみたいに感じる。
あたしの人生は、昨日を境に大きく変わってしまった。
お父さんお母さんに葉月、晶や玲奈、学校のみんなはどうしてるかな。
もう、会えないかな。
今頃みんなあたしを探してるかな…
そう思ったら、ズキンと胸が痛くなった。
だけどあたしは覚悟を決めたんだ。
だから今は目の前のことだけ考えよう。
改めて心の中でそう誓って、顔を上げた。
「きゃ…っ!」
「あ?」
「なんでっ、そんな恰好…っ」
「ああ、すまない。サッパリしたくてな」
びっくりしたぁ。
昇さんのほうを向いたら、上半身裸になって雨を浴びていた。
男子の上半身なんて別に見慣れてるけど、いきなりだったから。
それに…
すごく引き締まっていて、ホントに男らしいと思った。
学校の男子とは全然違う。
気持ちよさそうに両手でわしゃわしゃと頭をかき回してる腕が、肩が、まるで彫刻みたいに綺麗で。
目が、離せない…
「あー、何日ぶりだろう。やっぱり今日が雨で良かった。お前もどうだ?サッパリするぞ」
「え?無理!」
「ははは。頭だけでも洗っとけ」
「でも、髪乾かないし…」
「坊主頭が何を言ってる」
「あ、そうだった」
ぎゅうっと絞ったタンクトップを開いてパンパンと鳴らしながら水を切ると、昇さんはまだ濡れたままのそれを着て、手拭いで頭や顔を拭きながら空を仰いだ。
空が、さっきまでよりも一段明るくなっていた。
「そろそろ止むかな」
「止みそうだね」
「雨が上がったら、また森にに潜行するぞ」
「うん」
それを聞いて、あたしもまだ濡れたままの靴を履く。
大きいから、マリンシューズを履いたままでその上から。
少し重たいけど、格段に歩きやすそうだと思った。