そんなあたしに、なおも冷酷に昇さんが言い放った。


「選べ弥生。ここで弥生として死ぬか、この軍服で生男として俺と生きるか。ふたつにひとつだ」
「…っく、ひっく……」


答えられるわけ、ない。

どっちも無理だよ。


死にたくなんかないし、そんなの着たくない。


「ひっく…帰れないくらいなら、もう、死んだって、っく、いいよ……」
「弥生!」
「痛っ」


あたしは思ってなんかいないけど、でも嘘でもない、半ば投げやりな言葉を呟いた。

そうしたら、昇さんが凄い剣幕であたしの両肩を強く掴んで揺さぶった。


指が食い込むくらいの強さで、掴まれたところが痺れるみたいに痛い。


「ちょっ…」
「頼む。どうか辛抱してほしい。お前の住んでいた未来の話を聞けば、今がこの上なく野蛮で下衆な時代なのは承知だ。その上ここは未開の地で、この時代の本土にいた俺でさえ不潔で非文明的な場所だと感じている。だけど俺はお前をこのまま置いて死なせるわけにはいかないんだ」
「昇、さん…」


昇さんがあたしの座り込んだ高さまで腰を落として、見上げるようにあたしに語りかけてくる。

「髪を切ったときにもうお前が覚悟を決めたと勝手に思っていた。だからこの期に及んで往生際が悪いと少し苛立ってしまった。すまない。俺もこんな仏さんを見て、自覚しているより動揺しているのかもしれない…。これから先も道のりは険しく、こんな思いを何度もするだろう。それでも俺と来てほしい。どうか頼む」


真剣なまなざしと言葉が、あたしの心を射るように、まっすぐ向かってくる。


「お前のことは、必ず俺が守るから。そのためには、なんだってするつもりだ」


そうだ。

あたしは、不安だったんだ。


浮ついた気持ちで昇さんを意識して、そのドキドキでごまかしてきたけど、あたしはずっとこの時代のこの場所でアウェイで、頼れる人が昇さんしかいなくて。

なのにその昇さんがこんな…、亡くなった人の衣服を剥ぎ取って平気な顔をしてるなんて、なんだか知らない人になってしまったみたいで。


でもそうじゃなかった。

こんな得体のしれないあたしの話を信じてくれて、さっきだってこの人にすごく長いこと手を合わせてた。

あたしのために衣服を取り上げることを、詫びていたんだ…

全ては突然現れたあたしのため…

軍服が道中で調達できるって言ってたの、こういうことだったんだ。

森の方で出会わなかったから、湖岸のそばまで来たんだね…

あたしはようやくそのことを理解した。


テントが半分になって窮屈でも、笑って、笑わせてくれた。

虫を怖がったあたしを自分の上に乗せて、寝返りもしないで一晩過ごしてくれた。

半分……

あれ?

そういえば。

昇さん、今朝、乾パン食べたっけ?

昨日のお昼だって。

それに、晩のみそ煮ご飯だって、やけに早く食べ終わってた。


もしかして、あたしに分けるために、自分の分を減らしてるんじゃ………!

そうだよ、次の補給までの10日分って、昇さん1人分の計算で10日なんだよ。

あたしが来たせいで、半分になってるんだ。

ううん、半分どころか!

慣れない時代に来てしまったあたしのために、自分の分を減らしてあたしに多くくれてるんだ。


あたし、馬鹿だ。

なんで今まで気づかなかったんだろう。

足らないとか、こんなんでも充分とか、どんだけ上から目線だったんだろう。

不潔だからとか、キモいとか言ってる場合じゃないんだ。


「昇さん、ごめんなさい。あたし、今から生男になるよ」
「弥生……」
「名前の通り、男として生きる」


あたしは昇さんの手にあった靴を両手で受け取って、そう誓った。