とくん、とくん…

あったかくって、心地いい響きに身を任せる。

ここは、どこ?

まるで雲の上にいるみたいに、体がふわふわする。


「…ろ、弥生、起きろ」
「んん…」


そうか。

夢の中。

この綿菓子みたいな甘くてふわふわの夢から、覚めたくないのに。

呼ばないでよ。

あたしを呼ぶのは誰?


って言っても「弥生」なんていうのは晶くらいだ。

もう、邪魔しないでよね。


「…晶、やめてよ…」
「ったく、何を寝ぼけてるんだ。そろそろ行くぞ、起きろ」
「んあ…、の、昇さん!おはようございます…っ!」


あたしは昇さんが起き上がった勢いで毛布の上に転げ落ちてしまった。


痛ったぁ…

昇さん、せめてもうちょっとゆっくり起きてよ…

なんて、一晩じゅう体に乗せててくれたんだから、そんな贅沢は言ってられない。


だけどあたし、ドキドキして絶対に眠れないって思ってたのに、いつの間にかぐっすり眠ってたんだ。


「あの、昇さん、ありがとう。昇さんは寝苦しくなかった?」
「苦しくはなかったよ。だけどヨダレとイビキがなぁ」
「えっ、本当に?ごごごめんなさいっ!」
「冗談だよ、ははは。ほらこれ」
「あ、いただきます」


結局またからかわれて、朝食に乾パンと金平糖をもらった。

昇さんに教えてもらいながら天幕を畳んで、毛布も土を払って畳み、昇さんがそれをリュックにセットし終わると、あたしたちは歩き始めた。

スマホを見ると、まだ朝の5時にもなっていない。

そうだ。

スマホのバッテリーが切れないように電源は切っておこう。


夜のうちに雨が降ったのか、それとも朝露か、土や草が濡れていてジメジメしてる。

ひざ下がガラ空きのこの格好では、足が無防備すぎるんだ。

昨日歩いたときに出来た細かい傷が痛痒いのに、そこに濡れた草が貼りついて、更に痒い。


「長いジャージにしとけばよかった…」
「…そうだな。ジャングルの中より湖岸を歩いてみよう。そのほうがありそうだ。敵が来るかもしれないから、慎重にいくぞ」
「う、うん」


ありそう、って何がだろう。

でもそれより。

敵、と言われて心臓が跳ねた。

湖岸のほうが危ないけど歩きやすいってことなのかな。

言われるまま、あたしは昇さんに従った。


30分くらい歩いた頃、あたしたちは湖岸に面して開けた一帯に出た。


「ああ、畑が荒らされてる。このあたりを通ったようだ」
「みんな先に行ったの?」
「だと、いいがな」


警戒して険しい表情で早歩きする昇さんのあとを必死でついていく。

辺りを見回す余裕はなくて、あたしはもう走るみたいになっていた。

それなのに突然、昇さんの足が止まる。


「わぁっ」
「シッ、黙って」


昇さんの背中にぶつかりそうになって思わず声が出たのを、昇さんが振り向いてたしなめる。


「人がいる。ほらあそこ」
「ほんとだ」
「様子を見てくるから、少し隠れてて」
「えっ、怖いよ、あたしも行く」
「…気をつけろよ」
「うん」


行くのも怖いけど、置いて行かれる方がもっと怖い。

そう思って、あたしはそのままついていくことにした。