「今、この瞬間からお前は生男だ」
「へぇっ?」


ザリっザリっ

頭の上で鈍い音がしたと同時に、掴まれて皮膚が引きつっていた感覚が消えた。


見上げると、昇さんの手からあたしの髪がパラパラとこぼれ落ちた。


あ…髪……


泥だらけの手だってことも忘れて、あたしは自分の頭を探る。

いく…お…

あたしの、名前…


「手をどけてろよ。髪は女の命というが、許せ。軍規じゃ坊主なんだ。生きてりゃまた伸びる」
「う…うん」


刃が、頭皮を滑る。

頭、切れないかな…

ヒヤヒヤしながら、落ちる髪をただ眺めた。


頑張って伸ばしたのに…


「それにしても、女にしておくのがもったいない顔だな」
「それ、褒めてないよ」
「あはは、すまんな」


すっかり坊主頭になったあたしを満足げに眺めて、昇さんが冗談めかして言った。

そりゃ、あたしは男顔ですよっ。


結局、殺されるのかと焦ったのは取り越し苦労で、だけど女のあたしはここで一旦、死んだ。

白い服は目立つからと、汚れていない部分も泥を付けてわざと汚した。


「だけど、このまま合流して、あたし軍人じゃないってバレないかな?服だって…」
「軍服なら、道中でそのうち手に入るさ」
「どういうこと?」
「行けばわかる」

ちょっと言葉を濁すような昇さんが気になったけど、あたしたちは歩き出した。

日が暮れるまでに少しでも足を進めなければならない。

偵察機の目を盗むために、鬱蒼とした森の中を行く。

森、なんてメルヘンな感じじゃなくて、ジャングル。

なんとなく、裏の雑木林と感じが似てるかも。

手入れされてなくって、道なんかなくて、いろんな木が不規則に生い茂ってる。


「トラとかいない?」
「そういうのはいないな。時々ヘビはいるぞ、毒があるのもいるから気を付けろ」
「ヘ、ヘビ!」



きゅるるる~


「はっ」
「腹が減ったか。そうだな、昼飯にしよう」


お腹、鳴ってしまった。

恥ずかしい。

まだいくらも歩いてないけど、湿度が高くて疲労感がハンパない。


南の島は日本みたいにベタベタしないって、だれか言ってなかったっけ?

泥まみれのせいもあるんだろうけど、日本の夏より鬱陶しいよ。