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 そこは、さっきまで見ていた広い海ではなかった。

 一体どうしちゃったの?
 海は? 貝は?

 ここは湖? 沼? 水辺には違いないけど、とにかくさっきまでと違う場所。


 この花……知ってる。ブーゲンビリアだ。トゲトゲで長くしなる枝先の、濃いピンクが眩しい。


 それに、この香り……。

 女子力高めの柔軟剤みたいな甘い香りがして辺りを見回すと、白と黄色のグラデが綺麗なプルメリアが頭上で咲いていた。

 それだけじゃなくて、さっきまでより暑い。要するに、すごく……南国っぽい。もしかしてあたし、また倒れて夢でも見てるの?


 キイィィィィン!!!!


「ひっ!!」


 またさっきみたいな爆音と爆風。
 今度のはもっと甲高い音。

 耳を塞いで地面に伏せたあたしの真上を、飛行機が掠めていった。


「何、いまのって戦闘機だよね?…夢?え?」


 頭が混乱する。

 夢だと思いたい。

 明らかに、変だよ。

 夢じゃなきゃおかしいぐらいの変なことが起きてる。だけど、体が、これは夢なんかじゃないっていってる気がする。


 ……校外学習のときの不思議な画像と、リアルな砂浜を思い出す。あの時も飛行機が飛んでたし、男の人も軍服みたいなのを着てた。あれは夢だと思おうとしたけど、あたしの髪から落ちた砂…あれはやっぱり……。

 肌にはり付くみたいな暑さ、いかにも南国ですって感じの木や花、そして青い、はずの空に立ち込める黒い煙。遠くで、騒がしい声がする。


 普通じゃない!

 絶対おかしい!

 これ、あたしの知ってるやつで言ったら、間違いなく、戦争!

 戦闘機、爆撃音、その隙間に聞こえる騒がしい叫び声……。つまり、映画の、爆撃シーンのそれだった。

 理解したくない現状を理解してしまった頭が、あたしの体をガタガタと震えさせる。

 逃げなきゃ。
 ここから逃げなきゃ!

 ここから、どこへ?
 ていうか、ここがどこなの?

 足がすくんで動かない。
 殺されちゃうかもしれないのに、一歩も動けない。

 どうか夢であって!

 今すぐ目覚めて!

 ゴオォォォォォォ!!!!
 ダダダダダダダダダダッ!!!!


「やだ! 無理! もう無理だから! 起きる!」


 すぐ近くのプルメリアの木が攻撃を浴びて、枝も花も砕け落ちる。甘い香りは一瞬にして花火の後みたいな煙臭さに変わってしまった。

 それと同時に。
 誰かに腕を強く掴まれて、あたしは茂みに引き込まれた。


「!」


 敵!? あたし死ぬの!? 硬直していうことをきかない体は抵抗もできずにその腕でねじ伏せられた。

 男の人だ!

 無理!
 色々と無理!

 もう怖い!
 怖いしかない!


「阿呆!!死にたいのか!」