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「海! 海だ! ねーちゃん、見てほら海! ほらまた見えた! こっち側ずーーーっと海だぜっ!!」
「葉月うるさい、テンション高過ぎ」
「いいじゃん! だって海なんだぜ!」


 車の窓から建物の間に時々見える海を見て興奮する弟に呆れつつ、だけどあたしも鼻をくすぐるかすかな潮の香りで密かにテンションアップしている。

 ひさしぶりだなぁ、海。

 去年の夏以来だし、今年は受験だから遊びたいとか言ってもダメそうだし、これがきっと最後だろうな。


「もうすぐだぞ」
「渋滞しなくてよかったわねぇ」
「わあ……」
「水平線!」


 海沿いの道に出た途端、視界が大パノラマになった。空と海の境界線が、どこまでもどこまでも続いている。早朝の、まだ低い太陽をキラキラと反射させて波が輝く。凪いだ沖は鏡みたいに空の色を映していた。


 海ナシ県といっても、海を見たことがないわけではない。何度も来ているし、テレビに写真だってある。

 だけど、実際に近くにくると本物はやっぱりすごい。広がりがあって、奥行きがあって、香りがして、風が吹いて。


 4月最後の週末、あたしは家族と潮干狩りに来ている。まだ涼しいというよりは寒いに近い体感だけど、潮風がほんのり温かい。車を駐車場に置いて、あたしたちは海へ向かった。


 カシャっ

 
 不意に、人の気配が近づいたと思った瞬間にシャッターの音。


 えっ? 晶!?
 うそっ! なんでいるの?


 早く砂浜を歩きたい一心で、あたしの気持ちは足に集中していた。つまり顔のほうは無防備極まりなく、ただただ前を向いて海だけをまっすぐに見ていた。そんなアホ顔をまたしても撮られたのだ。


「ちょっと、いきなり撮んないでってば」
「だって、海と弥生ってやっぱいいなぁと思って」
「良くないよ。今日あたしガッツリ潮干狩り装備にすっぴんだよ。てかなんで晶がいるの? 予想外すぎて焦るんだけど」
「母さんが弥生のお母さんに誘われて、じゃ行こうかって」
「え!? ちょっとお母さぁん!」


 聞いてないよ、そんなこと。
 テンション下がる……。


 別に晶のためになんておしゃれしても仕方ないけど、それにしたって家族仕様のナイロンジャージ姿はないわと思う。

 あたしは白いハーフパンツジャージのセットアップで、中にかろうじてお気に入りのピンクラメのロンTを着てるくらいで、髪だってただひっ詰めてるだけ、そしてどすっぴん! 同級生に見せられる格好じゃないよ!

 それよりも。あたしは久しぶりかつ、今年最初で最後の海に気を取られて、ココで出会いがあるかもしれないなんて事まで考えてなかったことにも気が付いた。

 もっと、気合入れておしゃれして来ればよかった。


「よっ葉月」
「晶にい! 行こう、波の方行きたい!」
「わかったわかった、引っ張るなよ、あはは」
「うふふ、うちの晶と葉月君、兄弟みたい」
「ほんとねぇ」


 そんなあたしをよそに、二つの家族は元々わりと深い親交をさらに深めている。

 ああ、もうっ。こうなったら誰よりも多く獲ってやるんだから!