「……嘘でしょ」


私の靴紐は一足だけでなく、二足とも見事に切れていた。


ケンは私を抱き抱えたまま立ち上がらせてくれたけど、ぼーぜんとしている私を見て、手を引いて横断歩道を渡るように促してきた。


「カヨ、とりあえず渡るぞ」


そう言われて顔を上げると、信号機は点滅を始めていた。その時、ケンに引かれている方とは逆側の手を誰かにギュッと掴まれて、条件反射的に思わず振り向いた。


「カヨ、話がある」


そう言って私の手を掴んでいたのは、あのおじさんだった。

ちゃんと面と向かってマジマジと見るのはこれが初めてで、私は思わず面食らってしまった。


「頼む、逃げないで聞いてくれ」


そう言っておじさんはさらに私の手を強く掴んだ。


「あの、私も……」


私も話があるんです。私も聞きたい事があるんです。


疑いつつも、おじさんの鬼気迫る迫力に押し負けてしまってうまく言葉が出てこない。けれど、それ以上におじさんの言葉は悲痛な叫びにも聞こえて、なぜだかやっぱり私はこの人を疑い切れないと思った。


「おいおっさん、話したいんならせめて歩道渡ってからだろ」


ケンがおじさんの手を払いのけ、私の手を再び引いた。


「カヨ、信号赤になったから急いで渡るぞ」

「う、うん」


私はおじさんから目を背け、今度は視線を足元に向けた。靴紐が切れたスニーカーで私はなるべく足早に駆け出した。今度は転んだりしないように。