「カヨー!」


その声がまるで号令のようにして、私の周りを取り巻いている時の流れが元に戻り始めていた。

おじさんが悲痛な表情で私の名前を叫び、それに驚いて私のすぐそばにいるケンが振り返る。それと同時にケンは私に向けて手を差し伸べるけれど、私はその手を掴むことができず、私の体はまるで何かの糸に引っ張られでもするかのように、地面に向かって落ちてゆく。

初めはお尻。その後は肩。階段の角で強く打ち付けたそれらに私は堪らず悲鳴をあげた。けれどそれでも私の体は止まることを知らず、どんどんと落ちてゆく。

転がり落ちながら、私は痛みに目を閉じるその直前、一体私が踏んだものが何だったのかを確認するため、転がる体と同じように勢いよく回転している足に目を向けた。


私の買いたてのローファー。真新しいそれの底がべろりと半分めくれていた。まるで子供がおちゃらけてする“あっかんべー”のように、だらりと舌を垂らしていた。

私が足を上げた時、舌のように剥がれていた靴底を私は踏んで、体制を立て直せないままこの状況を作り上げたのだろう。なんて、体の痛みと戦いながら私は冷静にそんな事を考えていた。


「カヨ!」


再び聞こえたケンの声。でもそれはケンのものなのか、はたまたおのおじさんのものなのか。

私は確認する事も出来ないままぎゅっと目を閉じた。と同時だった。ガツンッ、ともドンッ、とも取れるような音を私の後頭部が鳴らしたのを最後に、私は暗い深い闇の中に吸い込まれるようにして意識を手放したーー。