ーーえっ?


その言葉には思わず振り返らずにはいられなかった。

背後ではケンの苛立った顔が同じく後方にいる相手に向けて振り返った瞬間だった。


「なんで……?」


そう呟いたか呟こうとしたのか。私は階段を降りるために上げていた足を地面につけようとしたその時、私の靴は何か弾力のある物を踏んだ。


あっ……。


その弾力のあるものを踏みつけた瞬間、私の体はまるで振り子のように傾きだした。

その状況を冷静に見ている地点で、私はあの不思議な感覚に陥っている事に気がついていた。

私の周りの時の流れがスローモーションに変わっていた。

ゆっくりと流れる時の中で、重心が傾きだした体を支える事も、立て直す事も不可能なのだと悟った。なぜならば、この状況に陥ったのは一度や二度ではないから。

背後にケンはいるけど、ケンの視線は後方のおじさんに向いている。そのおじさんが私に向かって大きく目を見開き始め、口を目よりももっと大きく開いて何かを訴えかけようとしていた。

スローモーションで見える景色の中で、私はふとあのおじさんの表情に既視感を覚えた。


そういえばあの人、私をトラックで轢く瞬間も同じ表情をしてたっけ……。


それはビックリしたようで、それでいて恐怖に慄いた表情だった。