「危ない!」


そんな声が私の背後から聞こえたとともに、私の体をぎゅっと掴んだのは大きな手だった。まるで覆いかぶさるみたいにして、私をその身の中に包み込みつつ、向かいからやって来た自転車をもう片方の手で押さえている。

自転車の前輪が私の右足をかすめたけれど、その程度。想像していた痛みはやってこなかったことにホッとしつつ、私は今背後から抱きしめてくれている人物に目を向けた。

今でも息遣いが聞こえるほどの距離、ううん、この男性の心音さえ聞こえるほど私をぎゅっと抱きしめていたのは、夢で何度も出くわしたあの男性だった。


「あなたはーー」


誰なんですか……?

そう言おうと思ったところで、慌てた様子で自転車に乗っていた相手が私に向かって怒りをあらわにした。


「ちょっと、急に飛び出して来たら危ないでしょうが!」


子供の補助席を背後に乗せた自転車。そこに乗っていた小さな子供もそのお母さんにも怪我はなさそうで私はホッとしたとともに、転んで怪我なんてしなくて本当に良かったと安堵した。


「すみませんでした……本当に」

「すみませんで済まないことになっていたかもしれないのよ! 気をつけてちょうだい! 本当に最近の子は……」


ブツブツと未だに怒りが冷めやらぬ様子のその人は、再び自転車を漕ぎ出して、行ってしまった。


「なんで逃げたんだ……?」


そんな言葉をぼそりとこぼし、背後にいた男性は力一杯に締め付けられている雑誌のカバーを紐解くように、そっと私の体を解放した。

男は私を解放したというのに、私の体は硬直して動けなかった。


“なんで逃げたんだ……?”


体は解放されたけれど、その言葉が私の神経を拘束して動けなくしていた。