「でもさ、大久保くんってここぞって時には頼りになるんだね」


ぼそりと呟いたことりちゃんの言葉も、私の耳には右から左へと流れていくだけだった。

なんだろう、なぜかとても胸騒ぎがする。今日の空の景色とはうって変わって、私の心の中はどす黒い何かが嵐の中でうごめいているような、そんな感覚が私の気持ちを不安にさせる。

大通りを抜けた住宅街。大通りに比べると人気はぐっと減っている。私はケンが戻ってくる様子を見て、少しホッとした。


「どうだった?」


私の問いに、ケンは数回首を横に振った。


「いや、もういなかった」

「じゃあやっぱり偶然だったんだね! きっと偶然同じ方向だったんだよー」


ことりちゃんらしいいつもの伸びやかな声であっけらかんとそう言った。だけどケンはどこか腑に落ちなさそうな表情で口を開いた。


「けどさ、それならどうしてあいつはずっと俺らの背後を歩いていたのかが分からない」

「それは相手も歩調が遅かったとか? 私達3人もいたから追い越しづらかったんじゃないかなぁー? だってほら、ここの道って結構細いでしょ?」


ケンはそれ以上何も言わなかったけど、私はケンがまだ疑問に思ってることはあいつの顔を見れば一発だった。


ケンが言ってることはよく分かる。そもそも私達の足取りは遅いわけで、偶然同じ方向に用があるとしても大人の男性だったら私達なんてとっくに追い越せるはず。だけど、それをしなかった。

ケンがあの人に気づいたのが学校を出てすぐなんだったら尚更、そのチャンスはいくらでもあったはずなのに。


『学校を出てこの小道に入るまで、ずっと大通りを歩いていたのに? 大人の足で俺達がゆっくり歩いてるのを追い越せないわけがない』


ケンはきっとこう思ってるはず。だけどーー。


「そうだね、もういない訳だし」


私は自分の考えを振り切るようにして、ことりちゃんとケンに向かってそう言った。