「ほれ行くぞ、マジで遅刻する気かよ」


学校指定のリュックを肩に下げて、ケンはお母さんにだけ笑って「行ってきます」と言った。

私はまだイライラを抑えきれずにいたけれど、時計の時刻を見て、慌てて部屋に置いてあるリュックを掴んで玄関へと向かった。


「ちょ、待ってよ」

「なんだよ、先に行けって言ったのはお前だろ」

「ここまで待ってたんならあと少しくらい待つのが筋ってもんでしょーが」

「待ってねーよ。カヨママの朝ごはん食いに来ただけだっつーの」

「言っとくけど、あれあんたのじゃないからね! 本当は私ので、ケンのはついでだから」

「へいへい」


ケンは振り返りもせず私との距離をどんどん突き放して行く。

一緒に行く気があるのかないのかよく分からないけど、ケンはいつもこうだ。マイペースというか、なんというか。


「あれ? あの人……」


横断歩道で信号待ちをしている時、向かいの歩道を歩いている男性。彼のかけている四角く縁取られた眼鏡が朝日を反射して私の目を差した。

男性は見るからに野暮ったく、無精髭が生え、ヘアカットも頻繁にされていないような長めの髪を一つ括りにしているおじさん。栄養が足りていなさそうな細身の体に服のサイズが合っていないのか、着ている白いシャツが少しダボついている。

服に“着られる”とはあの人のような事を指すのかもしれないななんて思いつつも、なんとも言えない不思議な気持ちが胸の中心で悶々としている。

あんなおじさんに見覚えないはずなのに、どこか懐かしく感じるのはなんでだろう。