「ケン、学校行く時、歩きスマホするのはやめなよ。絶対ダメだからね」


ケンが部屋を出て行こうとするその背中に向けて、私はそう言い放った。私のこのセリフを何度も聞いて飽き飽きしているケンは面倒くさ気に「へいへい」と相槌を打ったけど、私に向かって振り返りもしない。


「ケン」

「なんだよ、まだなんかあんのかよ」


いい加減にしろって言いたげな顔で扉を閉めようとしていたケンが、ちらりと私を見て、視線がカチリと合った瞬間ーー。


「色々と、ありがとね」


私はそう言いながら、小さく微笑んだ。

するとケンは深い谷を彷彿させるような深いシワを眉間に刻んで、嫌悪感をむき出しにした。普段表情はあまり変えない癖に、私が素直に言った言葉にそんな反応するのはどうなんだって思ったけど、何も言わなかった。

普段なら逆ギレするところも、今の私にはそんなパワーはないみたいだ。


「なんだよ気色悪いな。カヨママに伝言するだけだろ」


私的には色んな意味を込めて言った言葉だったけれど、ケンにはいつものやり取りの一部でしかないようだ。

……でもそれでいい。

ケンが扉を閉めて出て行ったのを確認してから、きっとこの後お母さんが様子を見にやってくると思う。その後に私はこっそり外へ出て、未来のケンに会いに行く。きっと今回もあの横断歩道でケンは待ってるって思うから。

今回はもう現在のケンには何も言わない。私はもう決めたんだ。