「イチコ……」


ぽつりと名前を呼ばれて、下唇を噛み締める。

あの頃には戻れないと頭ではわかっているのに、ロクの声を聞くと心が揺れる。


「イチコ、頼むよ」


うつむいたまま黙り込んでいた私に、ロクが一歩詰め寄った。

誘われるように顔を上げれば縋るような瞳に射抜かれて、とうとう逃げ道を失くしてしまう。


「……ニーナの居場所なら、わかるけど」

「え……?」


消え入りそうな声でつぶやくと、ロクは驚いたように目を見開いた。


「だから。ニーナの居場所ならわかるって言ってるの。あの子、クラスは違うけど……同じ高校だから」


ロクのしぶとさと、真っ直ぐな言葉に動かされた私は、ゆっくりと振り返った。


「でも……例え居場所はわかっても、ニーナはきっと、受け取らないよ」


そこまで言って足元へと視線を落とすと、ロクに「なんで、そう思うんだ?」と、尋ねられた。

小学ニ年生の終わりに引っ越していったニーナとは、その後、一切の連絡も取っていなかった。

そして小学校を卒業し、中学校を卒業して……高校で再会するまで、関わり合いもなかったのだ。


……ニーナ。思い出すのは、高校の入学式の日だ。

入学のしおりとともに配布された、新入生のクラス名簿に【河合 仁奈(かわい にいな)】という懐かしい名前を見つけた時には胸が踊った。

――もしかして、あのニーナかもしれない!

クラスは一組と六組で離れてしまったけれど、会えばすぐにニーナだとわかる自信があった。 

後日、ソワソワしながら一組を訪れた私は、ニーナの姿を懸命に探した。