んなつまらない日々を繰り返す中。
「ぁ・・・」
薄暗い1階の廊下に小さく漏れた声。歩みを止めて、間違いがないか目を凝らすが、どうやら見間違いではなさそう。
改めて現実を思い知らされたような気がする。
日向君と、琴美ちゃんが一緒にいる所を見て。
前だって何度も見たことはあったけれど、付き合っているという事実を知った今、もう以前のような瞳で見ることはできない。
「・・・」
くるっと方向転換をして、今来た道を戻る。
どうしてこういう日に限って、私のクラスのSHRは長引いてしまうんだろう。
行き場のない怒りを担任のせいにした。そんなことしたって、意味がないのに。
二人が話している所を通らなければ、下駄箱に行くことはできない。
遠回りになっちゃうけど、2階から反対側の階段で降りて行こう。
3年生のいない長い廊下。空っぽの机が綺麗に並べられている教室。物音一つしないここは、3年生がいなくなって、まるで泣いているようだった。
―――――――キーンコーンカーンコーン・・・
聴き慣れたチャイムが、静かなここに響き渡る。廊下の半分ぐらいにきて、その音に立ち止まった。
泣いているのは、私の心の方だ。
好きな人に、彼女ができた。
親友と、大喧嘩した。
5人で過ごす時間が、自然と消えた。
何よりも大好きで
何よりも大切なものを
「っ、ぅ」
私は一気に、失ってしまった。
気が付けば、莉奈と話すことのないまま私たちは最終学年になっていた。
昇降口に貼られたクラス替えの紙の前には、既に大勢の人だかりが。これだから、一枚一枚プリントして配って欲しいんだ。
後ろの方から背伸びをして頑張って自分の名前を探す。苗字が相川の私は、各クラスの一番最初の出席番号だけ見れば済むのがありがたい。
A組から順番に探していけば、自分の名前はすぐに見つかった。
「C、か」
小さく呟いても、喚いている生徒でごった返すここでは、呟いてないのも一緒だ。
体を小さくしながら、既に私の後ろに付いていた沢山の人たちの間をすり抜けて、自分の新しい最後の教室へと向かった。
教室の窓側。一番前の席に座る。
前の机は少し古かったけど、今回の机は新しいものみたい。ちょっと嬉しいような残念なような。
仕度をし終えるとちょうどSHRが始まり、それぞれ出席が取られる。
「平松」
聴き慣れた名前に、全神経が背中に集中した。
後ろから低い声で返事が聞こえた。
・・・平松君と同じクラスだったんだ・・・。そっか。平松君は私と同じ理系だから、無くはないんだよね。
同じクラスだと少し気まずいが、何より一番安心したのが、同じ理系でも日向君とクラスが違ったことだ。
これで無理に瞳で彼を追わなくて済む。視界にいれなければ、彼を想っていた気持ちも、すぐに無くなっていくんだろうな。
結局恋って、そんなものかもしれない。
なんて、そう思ってたのに。
「うわー、1階から5階まで行くのは辛いね~」
新しいクラスには中学時代の知り合いがいたため、その子と行動を共にすることが多くなっていた。
「5階の社会教室って滅多に使わないよね~」
「そうだね」
「しかも冷暖房がついてないとか!いつの時代よ」
「はははっ」
ここに来るのは、多分去年の文化祭以来だ。
教室に入ると同時に、ある人物と瞳が合う。
それは魔法がかかったかと思ってしまうほど、そらすことができず、私の見ている世界の時間が止まったかのように感じた。
「どうしたの、美空?入らないの?教室ここだよ」
友達の声も、聞き流すことしかできない。
そんな私を見かねて、後ろから友達が背中を少し強く押して、私を前に進めようとする。
「ほら、美空ってば!」
「あ、うん。ごめんごめん」
そしてやっと、視線がズレた瞬間私の止まっていた時間が動いた。
「もーどうしたの?」
私の前の席に座った友達が振り返る。
「あ、ちょっと同じクラスじゃない人もいてビックリしちゃっただけ」
「あーそっか。D組の地理選択者と合同授業だもんね」
「そうそう!知らなかったからさ」
本当――――日向君と同じクラスで授業受けることになるなんて、知らないよ。
しかも友達の話ではD組と体育の授業まで同じらしい。
なんてありがた迷惑な話なんだ。唯一の救いは、体育の時間が2年生の頃に比べて減ったこと。それに男女別々だから、そう視界に入ることはないだろう。・・・私が探さない限り。
「ほらー席に着け窓側から出席番号順だ」
出席簿を片手に入ってきたのは、神谷先生だ。
自由席ではなかったため、私は一番前の席に移動する。ここでも一番前で、少しだけ肩を落とした。
「日向に大森かー。うるせぇのがいるなーこの教室には」
「せんせーい、それは偏見です。僕達はいつだって真面目で「そういうところがうるさいんだ」
あはははーっ、と教室に笑いが沸き起こる。
「お前らは前にこい!いいな」
「ええ!なんでですか先生!」
「問答無用!早くしろー」
ちぇっ、と文句を言いながら荷物を持って前に座る日向君と大森君。私の席から3つ離れた、教卓の真正面に日向君は腰を下ろした。
3つも離れているなら、視界に入ることもなさそう。
だけど同じ教室内に居る限り、嫌でもその声は耳に届いてきてしまう。笑い声や、先生に反論する声。いっそ耳を塞いでしまおうか。
「・・・」
ノートに落とされていく文字を見ながら、小さく目を瞑った。
(私がいてもいなくても、日向君は変わらない毎日を、いつもの笑顔で送ってるんだね)
私は、日向君がいなくなっていつも通り笑って過ごせているのだろうか。
その自問に、私はすぐに答える事はできなかった。
「おー相川、俺の授業で寝るとはいい度胸だ」
「へ!?」