「つ、い、たぁ~っ!」
ん~っと、横で大きく伸びをする莉奈。先程まで曇りだった天気が、沖縄では嘘のような快晴だ。
「ついに、きたね沖縄!」
「ね~!ふふっ、楽しみ」
那覇空港に到着した私たちは、そのままバスで各クラスごと行動をする事になっている。
残念だけど今日は5人で回ることはできない。
「にしてもコートは要らないね」
「うん。暑くはないけど、ちょうどいい気候だね」
各クラスごとバスに乗り込む。バス酔をすると嫌なので、前のほうの席に座る。窓側が好きではない莉奈の代わりに、私が窓側の席に座った。
「隣C組のバスだよ」
左隣のバスに知り合いがいるのを確認する。しかし、日向君や平松君の姿は見当たらない。
「多分あの二人は男子たちがいつも陣取る、一番後ろに座ってるんだよ。葉月みたいにね」
うえーい、と後ろで盛り上がってる男子たちの声が聞こえる。
学校生活1番のイベントと言っても過言ではない修学旅行に、皆心が浮ついていた。
「あ、動いた!」
バスが走り出す。私たちが一番最初に向かうのは首里城だ。
「れっつ、ごー!」
男子の掛け声に、全員が声を上げた。
さあ、作ろう。青春の1ページを。
捲るたびに心が躍りだす、アルバムを。
バスガイドさんの紹介も終わり、那覇空港を出発してから数十分。バスの中に声が途切れることはない。
また、時々バスガイドさんが、バスで通り過ぎていく沖縄の町並みを説明してくれた。
「そういえばさ」
バスガイドさんの説明が終わると同時に、莉奈が口を開く。
「この前の選手権、凄かったね」
「うん、凄かった・・・!」
サッカーの試合を始めて観る私は、もちろんそんなにサッカーに詳しくはない。
だけど、そんな私を彼らは、一瞬で未知の世界に引き込んだ。
一瞬一瞬が、選手全員が、輝いて見えた。まるで彼らの立っている場所だけが、違う空間に見えた。
「日向大地、決めてたね」
「うん。でも、平松君だってPK決めてたよ」
「決めなきゃ許さん!」
「莉奈が言うと冗談に聞こえないって~」
初めて見る人を一瞬でひきつけてしまう彼等の試合は、本当に凄いと思う。
最後まで諦めないでボールを走っていく。そんな姿が今も瞳について離れない。
それはその裏にある、彼等の想いとか、努力とかが、きっとそうさせているんだ。
「修学旅行が終われば、いよいよ決勝だね」
試合はその1回しか見に行くことが出来なかったが、それ以外の試合も私達高校は順調に勝ち進んだ。
「ついに念願の全校応援か~。去年は準決で負けちゃったから、頑張って決勝は優勝して欲しいね」
「うん」
「にしても、日向大地は凄いね。2年連続出場か」
確か去年も日向君は1年生にして、試合に出ていたらしい。途中出場だと聞いたけれど、それでもこのサッカー強豪校と言われる東高で、だ。
「しかも今年は背番号10番貰っちゃってるし」
10番・・・。その数字が頭で少しだけ引っかかる。
そういえば、体育祭のときにも保健室の先生が言ってたな。
『今度の選手権、ユニホーム番号10番貰ったって』
10番という背番号を貰うことが、そんなにも凄いことなのだろうか。
黙っている私に、莉奈は少し様子を伺うように聞いてきた。
「もしかして・・・美空、背番号10番の意味、知らない?」
莉奈が『え、マジで?』みたいな表情をしてくるので、言葉ではなくへへっと笑って返す。もちろんそれは肯定を意味している。
「もー駄目だよ。背番号10番、東高ではエース番号として毎年受け継げられてるの。去年は3年の先輩だったから、今年も先輩が貰うのかと思ってたんだけど」
そしたら日向君だった、ってわけか・・・。
っていうか。
「エース番号!?」
「うわ!声でかいよ!」
それでもそんな大きな声は、バスの中ではかき消されてしまう。バスを走らせて時間は経つが、誰一人寝る人はいない。
1年生の頃から“未来のエース”と呼ばれてきた日向君は、いつの間にか東高校の本当のエースになっていたらしい。
その意味を知っていたら、体育祭の時におめでとうって言えたのに、何も言えなかった自分を悔やむ。
「来年は大学からの推薦も沢山来るだろうね。翔也が言うには、プロチームから誘いが来る可能性もあるらしいよ」
「・・・そうなんだ」
今、改めて日向君の凄さを思い知らされた気がする。
そんな凄い人を好きになってしまった私って一体・・・。
なんだか劣等感に襲われ、目の前に広げてあったお菓子を無意識のうちに一つだけ口に運んだ。話してばかりで、お菓子は全然減っていない。
そんな中、バスは首里城へと到着した。
バスを降りてんーっと、伸びをする。
クラス全員が降りたところで、守礼門(シュレイモン)という所でクラス写真を撮った。綺麗なお化粧をして、衣装を身に纏う女の人が椅子に座っていて、それを囲むように皆で並んだ。
その後は自由行動だ。
「よし、美空行こうか!」
「うん・・・!」
差し出された手を握り走り出す。
始まったばかりの旅に、胸の高まりは最高潮。
今までに、パンフレットやテレビの中でしか見た事のない、琉球文化。それを一枚一枚写真に収める。もちろんそこには笑顔のふたりが。
一通り周り終わって売店で莉奈と一息つく。
「あはは!珍しいアイス~!“ユミコ”だって!人の名前みたい!」
「ハイビスカスにマンゴーに、紅芋味だって!なにそれ!すごーい!!」
「おばちゃーん!これ頂戴!」
冬なのにアイスを食べても全然寒くならない。同じクラスのみんなも、次々と売店へやってきて珍しいアイスを注文している。
「ん!美味しい!」
「私ハイビスカス好きかも~!」
スマホを取り出して、食べているアイスを一枚パシャリ。
そしてメールの新規作成を開く。宛先は日向君。確か昨日メールした時、日向君達クラスも首里城に来ると言っていたから。
アイスの写真を添付して、簡単な文章を打って送信。
「何て送ったの?」
「え、うわ!見てたの!?」
「まさか。美空がメール送るの日向大地ぐらいしかいないじゃん~」
ううっ・・・。さすがとしか言い様がない。
「ただこのアイス美味しいよ、って送っただけだよ」
「で、進展は?」
「・・・え?」
「も~進展は何もないの!?」