僕らの声は、聞こえたか。





「あ、うん」

「葉月てめぇ、もう少し弱く投げろよ。お前のはいてぇんだよ!」


確かに葉月君のは他の男子二人に比べて当たると結構痛いと思ってたけど。

もしかしてそれで日向君は私をかばってくれたの・・・?



「くらえ、俺の魔球!」

「へっ、まだまだ!」


二人が同時に投げた水風船。

しかしそれは―――。



「「あ」」




「やってくれたわね!!」


水道にあったストックを掴むと莉奈は二人めがけて勢いよく投げた。それから必死に逃げる二人。


大きな笑いがそこに響く。


「葉月くらえ!」

「うおおい!なんで葉月って言いながら俺を狙うんだよ平松!」

「えい!」

「相川は俺狙いかよ!!せめて平松狙ってくれぇ!」

「あんた達おとなしくしなさい~!!」



きっと私は今、世界で一番幸せものだ。


大好きな友達と、大好きな人と、一緒に笑ってる。特別な毎日か、と聞かれれば1年前の平凡な毎日と何ら変わりはない。



だけど、1年前にはなかったものが今、ここにはある。


それだけで、見える世界がこんなにも変わったんだ。





―――――と。




「大地先輩!」


高いソプラノの声が私達の動きを止めた。


皆が同時に声の方向を振り向く。



そこにはショートカットでジャージ姿の小柄な子がいた。日向君の事を先輩と呼んだことから恐らく1年生だろう。




「試合お疲れ様です!コーチが大地先輩の事呼んでました!」


「あーマジか。みんなわりぃ。ちょっと行って来る」


タオルを頭に載せ、無造作に髪の毛を拭きながら歩きだした日向君。



「おーじゃあ待ってるわ」



葉月君の声に振り返ったのは日向君ではなく、日向君を呼んだ女の子のほうだった。



「楽しんでる所すみませんでした。では、葉月先輩と平松先輩もお疲れ様でした」



きっと誰でもわかった。彼女が作り笑いを浮かべたことなんて。


軽く会釈をした彼女が振り向きざまに瞳が合った気がしたのは気のせいだろうか。


「翔也、あの子誰」



それはとても低い声だった。




「葉山琴美って言って1年のマネージャーだよ」

「ふ~ん」




それ以降の会話は耳に届かなかった。



だって、遠ざかっていく背中が横を向くたびに見える笑顔が楽しそうで、隣を笑う女の子も先ほどの作り笑いとは比べ物にならないくらいの笑顔を向けていて。




『大地先輩!』



そう呼ぶ彼女の声が、また聞こえた気がした。
「美空ー、どうだった?」

「じゃんけん勝ったよ!」

「おめでとう!念願の借り物競走出れてよかったね!」

「うん!1年生の頃から出たかったんだー」


3週間後、私達は2回目の体育祭を迎える。

1年生の頃は何となく楽しんでいたけれど、今年は去年以上に楽しみなんだ。

だって、日向君と同じ組、赤組だから。


「健人ーあんたは何でるの?」



「俺はなー100メートル徒競走に、クラス対抗リレー、そして障害物競争だ!」

得意気に答える葉月君にどこからか「よ、運動会の花形!」と声が飛んできた。

「うわー欲張り」

「しょーがねえだろ。やりたい奴いねえんだから」

「あんたって昔から運動だけはできたのよねー」

「なんだとー!?」


まーた始まった。

少し笑いながらため息を小さくついて自分の席に座る。

でも本当は少し羨ましい気持ちもある。だってなんでも言い合える幼馴染みの男の子って、結構女の子の憧れじゃない?

私にはそんなに何でも言い合える男の子の友達がいるわけじゃないから、なんだかんだいいなー、と思ってしまう。





「楽しそう...」


ポツリ呟いた言葉はチャイムの音にかき消された。


「葉月ー!お前何出る?」


鳴ったと同時に、私たちのクラスの窓を開けた日向君。

それによって利奈と葉月君の痴話喧嘩は中断された。


「げー!俺と100メートル徒競走以外被ってるじゃねえか!真似すんなよな!」

「サッカーで勝てない分、体育祭で負かしてやるからな!」

「望むところ!」


まるで小学生のように裏表のない笑顔の2人は、心から体育祭を楽しみにしているようだった。

「あーねえ、日向大地」

「中野、俺のこと未だにフルネーム呼びかよ」

「だって慣れないんだもーん。そんなことより、翔也は何でるの?」


そういえば平松君の姿が見当たらない。

休み、ではなさそうだけど・・・。



「・・・本人に聞けばー?」

「・・・じゃあいい」



はあ、と小さくため息をついて頬杖をつく莉奈。



「もう少し素直になったほうが、女の子は可愛いとおもうぜー?」

「うるっさい。黙れ日向大地」

「はいはい」