「お前、自分がなに言ってるのかわかってんのかっ⁉」


自分の子どもを叱るように怒鳴った親方が、俺を諭そうとしているのがわかった。
だけど、俺は引けない。
今俺がするべきことは、一分でも一秒でも長く美乃の傍にいることだと思うから。


きっと、彼女はもう長くない。
それは、周囲の誰もが心のどこかで感じているだろう。


考えたくないけれど、逃げ出すことはできない現実だ。
だからこそ、俺は昨夜、もう絶対に迷わないと改めて自分自身に誓った。


そのためにも、親方にはわかってもらわなければいけない。
俺を息子のように可愛がり、仕事を教えてくれ、悩みがあると夜遅くまで話を聞いてくれた。


時には厳しく、時には優しく……。
豪快だけれど思いやりがあって、俺はそんな親方を心底尊敬している。


たとえ誰に反対されたとしても、親方にだけはわかって欲しい。
それが、俺の自分勝手で傲慢な願いだった。


「俺は認めねぇぞ!」

「でもっ……!」

「いいか⁉ 今お前が仕事を辞めて、これから先はどうするんだ⁉ 今は大丈夫でも、いずれまた働かねぇといけねぇ時が来るんだ! 世の中、そんなに甘くねぇ! お前はそんな当たり前のことも忘れちまったのか‼」


地を這うような低い声は、親方が本気で怒ってる証拠だ。
それでも、俺はもう仕事を辞めることしか考えていなかった。


「親方がなんと言おうと、俺は絶対に仕事を辞めます! 今そうしないと、一生後悔するんです!」

「バカやろうっ‼ 誰がここまで仕事を教えてやったと思ってる⁉ お前はその恩を仇で返す気かっ⁉」

「わかってます‼ 親方には本当に感謝してます‼ だからこそ、ちゃんとわかってもらいたいんです!」

「ふざけるなっ‼ そんな都合のいい話があるかっ!」


端から見たら、唖然とするような光景だろう。
俺たちの言い合いは続いた。