それからは、いつものように他愛のない話をした。


信二と広瀬はニヤニヤと口元を緩めながら、今日のことをしつこく訊いてきた。
一緒に行けなかったことも含め、色々と気になるらしい。


「それでね! いっちゃんってば、美味しいのに『食べない』って言うのよ。そんなに甘くないから、いっちゃんでもあのケーキは絶対食べれたよ!」


カフェで美乃に差し出されたケーキを拒否した俺は、彼女にそのことを責められていた。


「甘い物は嫌なんだよ」

「でも、今はちゃんと見れるじゃない! 訓練すれば食べれるようになるよ!」

「なんの訓練だよ!」

「だって、あんなに美味しいのにあの味を知らないなんて、絶対に損だよ!」


必死で話す美乃に、俺は甘い物だけは嫌だと絶対に譲らなかった。
彼女は、不満そうに眉を寄せている。


「いっちゃんって、本当に頑固だよね!」

「お前もな」


楽しそうに笑う美乃を見ていると、このまま彼女の病気が治るような気さえした。


美乃の周りにいる人たちは、きっと何度も何度もそんな期待をしたんだろう。
体調のいい時の美乃は本当によく笑っていたし、そんな彼女の笑顔を目にするたびに誰もが残り少ない命だと信じたくなかったはずだ。
少なくとも、俺はそうだった。


美乃が一日でも長く生きていてくれたらそのうち治療法が見つかって助かるんじゃないかとか、よくそんな事を考えていた。
神頼みなんてガラじゃないけど、いつも心のどこかでそうなる未来を祈っていた。


そして、今日みたいに元気に笑っている彼女を見ると、病気は嘘だったんだと錯覚しそうになるんだ……。