家に帰っても胸騒ぎは治まらなくて、お風呂に入ったあとからはなにもする気になれなかった。
静か過ぎる部屋が、無性に不安を煽るような気がする。


『私がふたり分の思い出を持って行く』
『伊織にはなにも残してあげない』
『親方さんに頭を下げて、前の仕事に戻って』


頭の中では、さっきの美乃の言葉が繰り返し響いている。
俺は、左手の薬指のマリッジリングを眺めたまま、ずっと彼女のことを考えていた。


俺が感じているのは、きっとただの不安なんかじゃない。
思い過ごしだと自分自身に言い聞かせようとしても、確証もない“嫌な予感”に心が振り回されてしまう。


大丈夫だよな……? きっと、ただの思い過ごしに決まってる……。
久しぶりに外出できたんだから、調子がよかったってことだろ?
でも……。


「なんなんだよっ……!」


余計なことばかり考えてしまう自分自身に苛立ちにも似た感情を抱き、拳を握って声を振り絞るように叫んだ。
考えれば考えるほど負の感情に包み込まれてしまいそうで、もうなにも考えたくなくてベッドに倒れ込む。


必死に思考回路を遮断させ、とにかく余計なことを考えないように努めていた。
それでも、やっぱりよくないことばかりが脳裏を過ったけれど、病院に通い詰めの生活で思っていた以上に疲れていたのかもしれない。


しばらくすると徐々になにも考えられなくなっていき、そのうちゆっくりと微睡み始めた――。